Ⅱ アリアロスの秘密-ⅷ
「行ってください。隣が落とされたのでは、せっかくここからフィルセインを押し返せても意味がなくなります。……イリューザー、クレイセスを呼んで来て」
促せば、空気を察していたイリューザーはすぐさま執務室を出て行く。
「何を迷ってるんです? 一刻を争うことくらい、あなたのほうがわかっているはずです。ここに騎士はいる。わたしの守りは心配要りません。早く!」
見上げてまっすぐに言えば、クロシェは一瞬かたく目を閉じると、流れるような仕草でサクラの手を取り、騎士の正礼で額に押し当てた。そしてそのまま執務室を出て行く。ツイードがそのあとを追い、サクラに一礼して扉を閉めた。
サクラはそれを見送ってから、傷だらけの男の前にしゃがんだ。
「オクトランからここまで、よく頑張ってくれました。ありがとうございます。お名前を、伺っても?」
「テティアと、申します」
呼吸が整ってきたらしい彼は、下を向いたままそう答える。
左目を覆った包帯は赤黒く変色し、肩にはまだ一本、矢が刺さったままだ。両手には細かな切り傷が無数にあり、どれほどの死線をくぐり抜けて来たのか、その凄まじさが見て取れた。
「少し、痛いの我慢してください」
「は……?」
両脇を支えていた騎士たちに、背中の矢を抜くように言うと、二人は頷いた。
「目は? 入っていますか」
「はい。ですがこれは村を出る前に負ったもの。もはや失明は免れまいと、医師より言われております」
「傷はまだ、塞がっていませんね?」
「治療など、ままならぬ状態でしたので」
「大変でしたね。これ、噛んでください」
ハンカチを口許に差し出せば、何がなにやらわからないと言うような表情で、それでもハンカチを咥えた。するとすぐに、背後に回った騎士から「抜くぞ」と声がかかり、テティアは顔を苦悶に歪めて歯を食いしばる。




