Ⅰ 春希祭(キアラン)─ⅱ
サクラはここに来るまで知らなかったが、平民で初めから上位貴族の「正妻」の座を狙う者は少ないのだという。「愛人」の座でも全然オッケー、というような風潮はあるのだとか。「じゃあ、貴族の男性って一夫一婦制とはいえ、愛人はいるのが当然なんですか」と聞けば、それも「人によります」と言われた。近衛騎士たちの見立てなら、半数程度にいるだろうと。いない半数は愛妻家か、自分の趣味の世界に没頭しているか、愛人を持てるほど家計の実情が潤っていないか、と様々な理由を挙げられた。
親が公認で、愛人の座を狙うという感覚はサクラにはよくわからなかったが、そういうものなんですよ、と諭されれば、とやかく言えることでもない。
ちなみに、サンドラもモテている。いつぞや実演された「悪い男」を演じている場合ではないらしく、結構本気で逃げていた。性別を勘違いされているのかと思いきや、それでもいいと憚らないらしい。
もちろんガゼルもモテていて、アクセルが、つい先日呟いた。
「長官たちが、役に立たない……」
切実な響きをもって発された台詞に、サクラは思わず笑ってしまったが。
二人の人気は、この世界においては小柄なサクラなぞ、気を引きたい相手に猛進するご婦人方の波に流されかねないほど。「護衛」という観点から見れば、主君を危険にさらしているも同じことで、彼らにとっては頭が痛いらしい。
ちなみに最年長の騎士バララトは、長年の経験からだろう。独身にも関わらず、「愛する妻が待っておりまして」と架空の妻をでっち上げ、のろけてみせるという形で女性たちを退けた。指導されているアクセルもその技を伝授されていたらしく、「結婚したばかりの可愛い妻がいるんです!」と、やはり居もしない新妻を仕立て上げ、幅広の愛らしいピンクのリボンを手首に巻いておくという仕込みで、安全を確保している。