Ⅱ アリアロスの秘密-ⅵ
言葉を交わす何者もいないが、歌うことを求められていることは、木々から伝わってくる。サクラは息を吸うと、思いつく片っ端から、春の歌を歌い上げた。
古風な音調のもの、元気な曲調のもの、緩やかな旋律のもの。どの歌詞も恋の歌だが、相手を────レア・ミネルウァを、この森を思いやる気持ちを込めて、思いを放つ。
何曲を歌っただろうか。
光響はずっと続いていて、放たれる色彩の種類も濃度も濃くなった。木々が正常を取り戻しつつあることを、視覚として確認出来る。
「また明日……ここに来ます」
全力で歌った一時間半。
限界だった。
まだ冬の名残を含んだ風は冷たいが、今のサクラには心地良い。
歌い終えてもまだ盛んな光響に、少しは癒やせたかと、サクラは一度、営所へと戻ったのだった。
それからは毎日、午前のうちに森へ、二時間ほど歌いに行った。
通い続けて五日目。
光響は森だけでなく、平原や街路樹にも広がり始めたとの報告があり、サクラはほっとしながらも、相変わらず現れない精霊や、接触してこないレア・ミネルウァに、漠然とした不安を抱いていた。
午後は政務や学習にいそしみ、夕方には三十分ほどだが、サンドラに剣術の稽古を付けてもらう。体術は、寝る前に少しずつコツを教わっていた。体を動かすことは頭を使ったあとには心地よく、また苦手な人物や数字の羅列を相手にしたときには、気分転換にもなった。
そんな、執務室で唸っていたある午後のこと。
いるのはクロシェとツイード、足許にはイリューザー。近辺のセルシア騎士団の営所の把握と、それぞれに駐在する騎士の数、各営所の年間の歳入歳出や、今回動かした隊の説明を聞きながら、サクラは頭の中を整理していた。
しかし。
異変を察したのか、不意に二人が緊迫した空気を纏って扉を注視するのに、サクラもつられて手を止め、顔を上げる。
「申し上げます!」




