Ⅱ アリアロスの秘密-ⅳ
クレイセスの言葉に、サクラはやっぱり「ごめんなさい」と謝罪する。
自分は目の前のことに気を取られたら、警戒心が薄れる。しかし彼らは間断なく、周囲に神経を尖らせているのだ。ついでに言うと、淑女らしくない行動も今言われなければ特に意識もしていなかったので、王宮に帰ってからは絶対にやっちゃダメなやつ、と心に留める。
サクラは気を取りなおし、意識を目の前の大樹に集中して、なめらかな表面の幹に触れた。
「息苦しいんだね……」
伝わってくるのは、首を絞められたような、酸素の足りない苦しさ。昨日のわずかな光響など、なんの足しにもならないだろうことはわかっていたが。
サクラが額を幹につければ、セルシアの証である石が幹に触れる。ひどく弱々しい鼓動が、聞こえた気がした。
サクラは顔を上げ、あたりを見回す。気配はわずかにあるのに、精霊の姿は見当たらない。
「サクラ様?」
「歌うには足場が安定しないので、降りますね」
言って、元いた場所まで飛び降りる。靴を履き終えた頃、クレイセスたちも降りて来た。
なんの要求もない森に、サクラは何を歌おうかと思案する。レア・ミネルウァは、何を感じたがっていた? 人から感じたかったのは────
(ああ)
サクラは、自分を取り囲んで背を向け、四方八方に意識を向けて警戒を怠らない騎士たちのうしろ姿に、これしかない、と曲を決めた。
彼らがいてくれるから、サクラは前を向けた。
彼らの支えがあるから、先を目指せる。
そんな、直訳すれば今の心境に近い洋楽を思い出し、声を放った。
『よく、掌握なさいましたね』
ゆうべのサンドラの微笑みを思い出す。
『近衛騎士は組織の一員とはいえ、やはり個々に思うところはあります。ですが、あいつらは全員、あなたが主君でなくなることを恐れた』




