Ⅸ 陰謀の切っ先─ⅹⅰ
「────クロシェに傷をつけるなとあれほど言っておいたのに!」
ヒステリックな女の声が聞こえる。
サクラは覚醒してきた聴力に、意識が引きずられるようにして目を覚ました。
(どこだろう……)
女性の声には、聞き覚えがある。
サクラは体を起こさないまま、ゆっくりと目を開き、眼球が動きを許す最大限、周囲を確認した。
どこかの屋敷のようだ。転がされているのは、複雑な模様が織り出された絨毯の上。目の前にあるのは寝台のようで、天蓋からおりた薄いカーテンが周囲を覆っている。誰かが寝かされているのか、レースの向こうに手が見えた。この明るさは自然光だ。どこかに窓がある。まだそれほどの時間は経っていないのだろう。窓の位置を確認するため反転したいが、動いて気配を悟られるのも怖い。
「早く、解毒薬! 死んだらどうしてくれるの?!」
「致死の毒ではありません。多少痺れさせているだけです。時間が経てば必ず戻ります。この男を自由にしたいなら、奥様にとってもそのほうが好都合なのでは?」
耳障りな声に対し、淡々と答える男の声。
ああ、とサクラはすべてを合点し、痛む後頭部をさすろうとして両手が縛られているのが目に入った。ご丁寧に足もだ。ついでにどういう訳だか額も痛い。
この声は、公爵夫人だ。
男は、最後に気持ち悪い笑みを浮かべた逆さの男。
そして寝台に寝かされているのは、恐らくクロシェ。
騎士たちは一様に、追ってくる気配を感じていた。皆、王都に入る前に仕掛けて来ると踏んでいただけに、警戒は怠らなかった。
しかし、自分たちの行動をつぶさに観察し、手勢が少なくなるタイミングを計らっていたのだ。見えないのをいいことに、相当の距離まで忍び込み、盗み聞きもしていたに違いない。イリューザーが何度か、謎の威嚇を発した日もあった。




