Ⅸ 陰謀の切っ先─ⅹ
腕がまだ巻き付いているが、地面に足が付いた感触。サクラが振りほどいて逃げようとすれば、うしろから首を締められる。これも見えないものだから、多分端から見ればサクラは一人でジタバタしているのだろう。そんなことを頭の隅で思いながら、以前クロシェに渡された小さな手離をウエストから取り出し、サクラは思い切り首を締める見えない腕に突き刺した。
「ぎゃ……!」
小さな悲鳴に緩んだ隙に、サクラは走り出す。
逃げ延びること。
それが騎士たちの願いだ。
これがゲームなら自分はラスボスなのだ。倒されればすべてが終わる。
見えないものだから、どこまで迫っているのかわからない。しかし、息づかいは聞こえない。
ただ、黒ずくめがいないほうへと足の向くままに逃げる。必然的に街道に向けて道のない場所を走り、サクラは茂みに飛び込んだ。
荒れた息を整え、なるべく早く息を殺す。
物音を立てないよう、サクラは周囲の気配に耳を澄ませた。
「!」
かさりと、落ち葉を踏みしめながら、ゆっくりと近付いて来る気配。サクラはほとんど息を止め、茂みの中で縮こまった。腹部にいる精霊を、ぎゅっと抱き締める。
探し回る気配。
見えないあいつは、すぐそこにいる。
何かを思うことすら気配になりそうで、サクラは自分と精霊の心音だけを聞きながら、ひたすら「無」になって相手の気配を察知し続ける。
やがて気配はゆっくりと離れていき、サクラはようやく、息だけを細く吐き出した。
気配がなくなり、ずいぶんと経ってから、恐る恐る立ち上がる。
一応、誰もいない。見えないのだから油断は出来ないが。しかしそれでもホッとして、サクラは茂みから抜け出そうとしたとき。
「見ぃつけた」
背後からした声に、心臓が跳ねる。
振り返れば。
「やああああああ────!」
膝を木の枝にかけてぶら下がり、上下を逆にした顔が、にいっと、笑っていた。
*◇*◇*◇*




