Ⅸ 陰謀の切っ先─ⅳ
さあ、と、サンドラが笑顔で言った。
「昨日から色々とあってお疲れでしょう? 湯を用意致しますので、どうぞ部屋に。今夜はゆっくりお眠りください」
その気遣いに、サクラは緊張がほどけるのを感じながら笑顔で頷いた。
それからはサンドラがサクラの部屋から出ることはなく、湯を用意して持ってきたのはアクセルとシンだ。サクラはまず精霊を湯の中に入れて洗ってやり、それから自分が使う。残り湯でイリューザーの目許や口まわり、耳、角に手足を拭いてやると、イリューザーはすぐに欠伸をし、サクラが休む予定の寝台の下に寝そべった。
サクラが整ってから、サンドラはクレイセスと交代すると自分も湯を使いに行く。警護は徹底され、サクラが「一人」になる隙間時間はない。これまでは、イリューザーが常に横にいることもあり、部屋の中であればサンドラが離れることはときどきあった。そんなとき、部屋の外に護衛騎士は必ず二人配置されていたが。一応「女性」であることを考慮されていたのだが、エラルがくれた忠告の内容に、そこを斟酌している余裕はなくなったのだ。
「手紙、ですか?」
小さなテーブルで書簡を読んでいたクレイセスが顔を上げ、部屋の隅に設えてある机で書き物をするサクラに不思議そうに訊く。
「いえ。日記です。選定されてから目が覚めた日に、ユリウスさんに毎日のことを付けておくように言われたんですよね。歴代のセルシアがそうしてるとかで。感情の整理にも役立ちますって言われたけど、誰かがのちのち見るのが前提なら、そんな感情的なこと、書かないですよねえ……」
「それを読めるようになるのは、そのセルシアが崩御したのちです。自分が死んだあとのことなので、もう気にしなくて宜しいのでは」
「あ、そうなんですか。最近やっとこっちの文字で書き始めたけど、最初のうちは日本語で書いてるから、死んだあとでも読めないかもですね」




