Ⅸ 陰謀の切っ先─ⅰ
明け方近くになって、サンドラが窓から帰還した。
「サクラ様、申し訳ありません。すまなかったな、カイザル」
カイザルは結局、もうひとつあるベッドに休むことはせず、ベッドの下にうずくまるイリューザーと向き合うようにして座り、ほとんど不寝の番をしていた。なので、二階のバルコニーの手摺りに立ったサンドラが、剣で窓の端を叩いたときも、すぐに応じて彼女を迎え入れた。サクラが気付いたのは、カイザルが窓を開けたときだ。それまでちっとも気が付かなかった。
「サクラ様。慌ただしくて恐縮ですが、すぐにここを発ちます。レミアスには受付に書き付けを残しましょう」
「それは、大丈夫だと思います。ゆうべ、エラルさんと話が出来たので」
それに、サンドラが目を見開く。
「エラルが。来たのですか」
「来てくれましたよ。ユリゼラ様と対な感じに綺麗な人でした。補佐官として付いてくださる約束もとりつけましたし、王都で会いましょうということになってます」
サクラの言葉に、サンドラは戸惑うようにカイザルを振り向く。
「それどころか。彼も『従騎士』として、誓いを」
「なんと……」
驚くサンドラを横目に、サクラは「なので、色々と大丈夫ですよ」と笑えば、「詳しい話をのちほど聞かせてください」と微笑み、サクラの荷物をまとめると窓から下に投げ落とした。
下を見れば、クロシェが受け止めている。
「イリューザー、お前、ここから飛び降りられるか?」
サンドラが訊けば、イリューザーは眠そうに欠伸をひとつすると、前肢を窓枠にかけて下を見る。そしてそのまま、お座りをした。
「無理っぽいですね……」
「仕方ありません。オルゴンは基本的に大樹に棲息しているので、もしかしたらと期待をかけただけです」
初めて聞くオルゴンの生態に、サクラはこの巨体をして安全な木というのは、余程大きくないと無理だろうなぁとダールガットで見た大樹を思い出す。
「イリューザー。お前、ツイードのところまで表から走れ。静かにな」




