Ⅰ 春希祭(キアラン)─ⅹⅷ
イリューザーは少し目を開けたものの、また「ぶびー……」という軽いいびきをかき始めた。この反応から見ても、営所のざわめきは襲撃の類いではなさそうだ。サクラは洗面を終えてから髪を簡単に梳かすと、部屋の扉をそっと開けた。
煌々と明かりの灯された営所内。午前二時の様相ではなく、サクラは人の気配がある階下を見下ろせば、食堂を兼ねたそこに、長官たちを中心として近衛騎士たち全員が集まっている。あのあと、彼らはずっと捜査の指揮を執っていたのだろう。祭りも一旦中止となったようだし、混乱なく場をおさめることに、注力してくれていたに違いなかった。
階下に降りれば、ここの営所長がぎょっとしたように「セルシア」と発したのに、全員が振り向く。慣れた顔ぶれとはいえ、一斉に振り向かれるとちょっとした圧を感じるのだが、サクラは自然と開かれた人垣を進みながら、「何かあったんですか」と尋ねた。
「アクセルの放った矢が見つかりました。血痕付きです。銀色の髪も数本。本人のものと考えていいでしょう」
あの暗く大きな森の中、ある程度の見当がついているとはいえ、夜の捜索は骨が折れたに違いない。
クレイセスの前まで行けば、鏃に、まだ赤い血のついた一本の矢が差し出される。
あのとき。
クレイセスがサクラをかばって視界が暗転する直前、すぐ後方から矢が放たれたのが見えた。視線を感じた報告を受けたクレイセスは、森に人を遣ると同時に、サクラの後方に弓の名手であるアクセルを配置、異変があればサクラをかばうことは必ずほかがやるから、お前は異変に向かって矢を放てという命令を下していた。
大衆の中で敢えて狙うなら、使われるのは飛び道具。しかもその一瞬を逃せば、犯人を捕縛することは叶わない。アクセルはクレイセスの言葉を信じ、助けることより攻撃を優先したのだと、寝る前にサンドラから説明された。




