Ⅷ 新しき補佐官─ⅸ
「該当するような娘は見当たりませんね」
クレイセスの言葉に、サクラは「そうですねえ」と頷く。
やはりあの証言だけで遭遇しようなど、難しいだろうと思ってはいた。何日も逗留する訳にもいかないし、サクラは小さく溜息をつく。「偶然」に、期待しすぎた。
反対側の斜面を降りたところには、昨日立ち寄ったものよりは小さいが、それなりの賑わいを見せる市場があった。いつの間にか昼も近い時間になっており、そこから良い匂いが漂ってくる。
「サクラ様。昼食にしましょう。結構歩きましたね」
サンドラが言うのに頷き、サクラは市場に向かって足を向けた。
そこに「泥棒!」と叫ぶ複数の声が聞こえ、三人の雰囲気が一気に鋭さを帯びる。一瞬にしてサクラを背で取り囲み、周囲に警戒の目を向けた。
サクラは彼らの隙間から、声が上がった方向を見つめる。
暴れているのだろうか、喧噪は拡大しているようだ。切羽詰まった悲鳴が複数聞こえたのに、サクラは胸が冷えていくのを感じる。同時に、背中に貼り付いていた精霊がもぞもぞ動いたのを前に引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
「こちらに来ます。サクラ、下がって」
クレイセスの声に、サンドラとクロシェはサクラをかばいながら店の影になる場所へと移動した。通りにひとり、クレイセスが残る。
喧噪が近付いてきて、人の塊から剣を振り回した男が一人、抜け出して来る。サクラはその姿に、ああ、兵士だったのかと、若干の哀れみを覚えた。
男は己の進路の中央に突っ立っているクレイセスに、どけ、とばかりに剣を振り向ける。しかしクレイセスは剣も抜かずに、少し体をかがめたかと思うと男の懐に入った。次の瞬間彼は吹っ飛び、盗んだものと一緒に通路に散らかる。散らかったものはすべて食料で、彼が生命を維持するため切羽詰まって犯行に及んだことは、それだけでも明白だった。




