Ⅷ 新しき補佐官─ⅷ
しかし早く動きすぎたかと、まだ人通りがまったくない斜面の街を眺める。
時折家々から声が漏れ聞こえるので、住人は起きて動き始めているのだろうが、外に人の姿はない。ひと坪ほどの庭のある家には、山羊らしき生き物が飼われているのが散見され、それらが動く程度だ。
朝日がサッと斜面を照らす。その瞬間を待っていたように、人が一斉に、次から次に外に出て来た。あっという間に狭い通路は人で埋め尽くされ、それぞれが目的の場所へと移動していく。
「な……なんか約束事があるんですか、この感じ」
問えば、ははっとクロシェが笑って言った。
「『夜は十一時から朝は日が街を照らすまで、みだりに出歩いてはならない』というのが、二年ほど前この街に出された条例です。治安が悪化したため夜歩きを禁じたものなのですが。ここまで忠実に守られているとは思いませんでした」
ここまでは確かジェラルド侯爵領かと、その説明に領境を思い出す。広大な領地は、街や村ごとに代表者や統治者を置いているらしいから、提案されたものを許可した記憶があるのだろう。次の街から少々小さい領地が続き、サクラたちはそれを越えて王都に向かうのだ。
馬が一頭通れるか否かの、細い道が連なる斜面に形成された住宅街を歩きながら、サクラは行き交う人々を観察する。肉屋の店主に教えられた特徴を持つ二人がいたときは、なんと声を掛けようかと思案しながら。
ぐるりと歩いて、サクラたちは頂上まで来てしまった。クレイセスに確認すれば、時間は気にしなくてもいいというので、サクラは今来た道とは逆の、反対側の斜面に形成されている街へと降りていく。
斜面の緩やかな場所には庭を設えた家もあり、一見してそこに住んでいるのは富裕層のようだ。ほとんどは、小さな土地にこじんまりと石造りの家が建っている。古い物になると、岩盤を掘り抜いた家などもあり、サクラは街の様子を見るだけでも新鮮だった。




