Ⅰ 春希祭(キアラン)─ⅹⅶ
「クレイセス……?」
「無事で、良かった。間に合わないかと……血の気が引きました」
「クレイセスでも、そんなことになるんですね」
「あなたは、俺をなんだと思ってるんです」
「冷静で、動揺しない人?」
肩に頭を乗せた状態で話しをされると、声が近くて。
動悸の種類が、先程と違うものまで加算される気がした。
「そう見えるよう努力はしています。ですが、よく動揺はさせられてますよ。あなたにはね」
そう言うと、ゆっくりと起こした顔が至近で。
ほんの数センチ先にある気怠さを含んだ群青の瞳に、サクラは訳もなく頬が上気するのを感じた。
「今夜はサンドラを付けます。気になることがあれば、どんな些細なことでもいい。また教えてください」
こくりと首を縦に振れば、クレイセスは少し笑ってぽん、と頭を撫でると、部屋から出て行った。
(つ……)
(吊り橋効果!)
絶大過ぎる! とサクラは上気する顔をイリューザーの鬣に埋めた。
吊り橋効果とは、不安や恐怖する場面におけるドキドキを、一緒に行動している相手に対する恋愛感情と勘違いしてしまう、というもの。今のサクラには当て嵌まりすぎて、「勘違いだから!」と己の脳に言い聞かせる。端麗な容姿が間近に来るのは、それだけで心拍数が上がる案件だ。ユリゼラ様に対するそれと一緒だから! と上気する頬をなだめつつ、サクラはぎゅううっと、イリューザーを抱きしめた。
*◇*◇*◇*
クレイセスが出て行ったあとすぐサンドラが戻ってきて、サクラはサンドラとイリューザーの護衛のもと、ぐっすりと眠った。サクラにとって、心理的にも鉄壁の護衛体制だ。それでも目を覚ましたのは、営所全体が騒がしさに包まれたから。
「何か、あったんでしょうか」
「見て参ります」
言うが早いか、サンドラは椅子に掛けてあった紺の上着を着ると、すぐに出て行く。
サクラもベッドから起き上がり、手早く身支度を調えた。普段着のドレスくらいは、サンドラの手を借りなくてももう着替えられる。




