Ⅰ 春希祭(キアラン)─ⅹⅵ
見れば本当に皮膚一枚のことのようで、サクラは震える息をゆっくりと吐く。
傷口に触れるか触れないかのところで手を翳し、傷の上をなぞるように動かせば、クレイセスは少し笑って言った。
「ありがとうございます。やはり、治癒の力でしたね。……使えるようになっていたとは」
知らされていなかった事実に対し、寂しさが垣間見える言い方に、サクラは遅ればせながらの報告をする。
「襲撃があったときに、イリューザーの怪我を治したのが出来た最初でした。目の前で怪我をした人がいなかったから、まだ二度目、なんですけど」
しかし言いながら、声が震えた。
一歩間違えば、クレイセスが死んでいたかも知れない、と。
傷をユイアトに治してもらった翌日から、サクラはサンドラに体術の稽古をつけてもらっていた。訓練次第で、有事の際には動けるようになるかもしれないと思ったからだ。
でも、動けなかった。
「ごめんなさい……」
「そこは、ありがとうが正しい」
クレイセスは椅子に座ったままゆっくりと振り向き、サクラと目を合わせる。
「サクラこそ、どこか打ったり捻ったりはしませんでしたか」
「おかげさまで、なんともない、です」
クレイセスが、普通に動いて、喋っている。それに安堵して、サクラは隣にいるイリューザーに寄りかかった。
「そんな顔をしないでください。あなたは相変わらず、他人の有事に弱いですね」
何を返すことが正しいのか考えるのも億劫で、サクラは動悸のおさまらない胸に手を当て、クレイセスに尋ねる。
「クレイセスは……なんの躊躇もなく、動けるんですね」
「躊躇などしていたら、死にます」
もっともな答えが返され、サクラは少し笑った。
クレイセスに感じる違和感、それを、うまく言葉に出来ない。
「それよりサクラ」
紺の手袋をした手が差し出され、条件反射で手を乗せれば。
「?」
ぐっと引き寄せられて、クレイセスの腕の中にいた。




