Ⅰ 春希祭(キアラン)─xⅳ
目を閉じてレア・ミネルウァに話しかけるが、やはり反応はない。しかし祈りの輪が広がったところを見れば、届いてはいるはず、とサクラは目を開いて、夜に暗く影を盛り上げる人垣の向こうの森を見つめた。
裾を踏みつけないよう立ち上がり。
「……?」
じっと森を見つめる。
また、視線を感じた。
「サクラ?」
祭壇のすぐ下にいるクレイセスに呼ばれ、サクラははっとする。
「視線が、また」
これは、気の所為ではない。こんな大衆を前に何が出来るとも思えないが、鋭く刺すような視線に込められているのは、明らかに敵意だ。
「それは、どの方角から」
「わたしの正面、森のほうから」
「承知しました」
ひそひそとそれだけを話すと、クレイセスは手近にいる騎士に合図を送り、耳打ちするように指示を出す。サクラの後方に下がった騎士は、何人かを引き連れて動き出したようだ。
始まらない春を呼ぶ歌に、何があったかとざわめきが広がり始める。それを察してサクラが音楽隊を見遣ると、視線を合図に華やかな調べが奏でられた。その音に合わせ、サクラは声を放つ。
最初から伸びやかに始まる歌は、冬の終わりを告げ、春の訪れを促す歌詞だ。春希祭において、全土で歌われているものだという。この華やかな調べが人の心を浮き立たせ、それがレア・ミネルウァにも伝播していくんだろうな……と、サクラは人心にも世界にも届くよう、心を込めて歌う。
おお! という声とともに、森が白く輝き、うっすらと虹色を帯びた。光響、しかしいつものそれとは違う色合いに、サクラは自然、祈りの形を取った。あの虹色は、土地の体調のようなものだ。芽吹きを待つ新しい命に、この土地に永く根付く主たちに、力を貸してと呼びかけながら歌い続ける。
民衆は二番からともに歌うことになっているが、飲まれたように光響を見つめる者、サクラを見上げる者と様々で、歌うことを失念しているのか声が上がらない。




