Ⅳ 従騎士ーⅺ
「ほかに心配事は?」
「……ありません」
目許をハーシェルの肩に押しつければ、大きな手が優しく頭を抱いてくれる。
「なら、もうほかを薦めてくれるな。ユリゼラ自身の泣き言なら聞いてもやれるが、それは、結構堪える」
本心、なのだと、ユリゼラはハーシェルの服を握り締めて頷いた。
「わ……私だって……」
みっともなくしゃくり上げながら、ユリゼラは震える声で小さく叫ぶ。
「あなたを誰かと共有などしたくありません……!」
ダールガットに発つ前に、サクラの言ったその一言が、ユリゼラの心をえぐった。
自分で考えているよりも、他人から言われたそれは重みと鋭さとを帯びてユリゼラの心に落ちた。けれど自分は「王妃」なのだと、「個人」を優先させてはならない立場だと、執拗に言い聞かせて己を保つ努力をした。それを覚悟で、故郷を出て来たはずだ、と。
「良かった」
不意にハーシェルが破顔したのに、意味がわからずユリゼラは見つめる。
「ほかに譲れる程度の気持ちだったのかと、寂しく思っていたから」
「そんなことは……!」
「うん。立場を考えればとても理想的な判断なんだが……俺はどんな形だろうと、あなたを諦めるのだけは、嫌なんだ」
そう言って、絡めた手の甲に口付ける。
王になっても、ユリゼラに対するまっすぐさだけは、変わっていない。
最近のハーシェルは覇気が乏しく、もともと厳しい印象を与える表情はより鋭さを増していた。それだけに、今目の前にあるやわらかい顔が、ユリゼラの胸を熱くする。そんな顔をさせていたのは自分だったのだと、ようやく理解が出来た。
初めて覚えた恋。
余命尽きるまで、この人を支えていきたい。それだけは、ユリゼラにとって偽りのない気持ちだ。
ユリゼラは改めて、ただそれだけを胸に、ハーシェルを見つめて微笑んだ。
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