Ⅰ 春希祭(キアラン)─xiii
どーん、とティンパニのような太鼓の音が聞こえ、それがリズムを取って衆目を集める。司会者らしき人物が何かを言っているが、サクラには良く聞き取れない。サンドラが左腕を差し出し、「参りましょう」と言ったことに従い右手を重ねる。クレイセスが振り向いた視線に頷くと、彼はさっと右腕を伸ばして肩まで上げた。
すると、ザッと音がして、騎士たちが祭壇までの道を作る。両脇を固められたその道を、サクラは前にクレイセス、右にサンドラ、左にクロシェ、うしろにガゼルと、囲まれた状態で歩みを進めた。賑わいはさざめきに変わり、「セルシア」が姿を現すことへの期待感が、空気中に満ちているのを感じる。
森の方角に向け、中央に設けられた一メートル四方の小さな祈祷壇。
サクラはひとり、登壇する。
そこで初めて、サクラは人の多さを認識した。
高さ一.五メートルほどの祭壇の上から視線を一巡りすれば、それだけでも隙間なく人の頭だ。祭壇の前には二メートルほどの距離を確保してあるが、屈強な近衛騎士隊が、人の波に押されているようにも見えた。広場の中央にあるこの壇は、サクラが移動する場所以外、ぐるりと多くの民衆に取り囲まれている。
これは警護大変だわ、と、サクラは緊張に支配され、声高に叫ぶ心音を聞きながらも思った。そして最初の手順を思い出そうと胸の前で手を組み、ゆっくりと跪きながら深呼吸をする。
春を願う言葉。そして祈り、歌唱。
「このダールガットの地に、芽吹きの季節が巡らんことを。そして今は傷深きレア・ミネルウァ、あなたの癒しとならんことを、心より願います」
サクラが登壇してから静まり返った広場には、張り上げなくとも声は響いた。そうして跪いたまま、三角形の祈りの形を取る。
緩やかに広がる、金色の輪。
ざわめいた周囲に、大神殿でなくとも現れた反応に、サクラ自身も驚いた。
民衆も立ったまま、それぞれに祈りの形を胸の前で組む。




