Ⅴ ニットリンデンの楔─ⅹⅶ
クレイセスは地方院の戦いが見える、ギリギリの場所まで来て止まった。
馬の嘶き、甲冑のぶつかり合う音、雄叫び、武器が交わり火花を散らす音に、建物が崩れる鈍い音、舞い上がる粉塵に血臭が混じり、矢が空を裂く。
そうして時折流れてくる矢を、サクラを囲むようにした護衛騎士たちがなんでもないことのように叩き落とす。
決死の覚悟で挑み来る敵兵はすでに、作戦に従った動きというそれではない。もはや個々人の、生に対する気概に突き動かされたがむしゃらなものだ。セルシア軍はそれを極力殺さぬよう、少しずつ、けれど確実に押していく。
サクラは彼らの戦いを目に焼き付けた。
「報告します!」
伝令に来た騎士の声が明るいのにサクラが不思議な気持ちで振り向けば、そこには涙ぐんだ笑顔があった。
「地下に潜っていた者たちが次々に呼応し、コンヒサールからの援軍は沈黙しました!」
きっと、この彼の見知った騎士もいたのだろう。戦局が変わったことに微笑めば、目の前の戦場でどっと歓声が上がった。
振り向いて見上げれば、三階の窓から力強く振られるセルシア軍の青い軍旗。
「奇襲は成功したようですね」
「ええ」
これからだ、とサクラはきゅっと手を握り締める。この敷地内の地下に、件の繭があるのだ。
三十分ほどして、バララトが中から出て来た。
彼も無傷ではないが、目に見えて大きな傷はない。それに安堵しつつ、報告される内容に緊張も覚える。
「申し上げます。ディレッティーを捕らえました。またバシュラフ以下、潜伏していた者たちがサクラ様に拝謁を願っております。いかがいたしましょうか」
クレイセスがサクラを伺うのに、自分が答えて良かったのかと慌ててバララトに返す。
「まずバシュラフたちとの接見を。ディレッティーにはそのあとに。地下への入口は見つかりましたか」
問えば、バララトはまだそれらしき入口は見つかっておらず、ディレッティーに案内させるのがいいだろうと言う。サクラは頷き、バシュラフたちが待つという回廊庭園へと向かった。




