Ⅰ 春希祭(キアラン)─xi
「慣れませんよ! 歌間違ったらどうしようとか、変な顔とか動きとかになってないかなとか、おかしなこと言ってないかなとか、いろいろ考えてしまいます」
クロシェは微笑みを見せるが、サクラは他人事だと思ってますね? と恨めしい気分で目を逸らし、窓のほうを向くと手を組んで深呼吸を繰り返す。
「大丈夫ですよ」
そう言うと、クロシェがサクラの前に来て、両手を取った。
「サクラ様の緊張は、俺が引き受けますから。いつも通りに祈って、歌ってください」
見上げれば、そこには穏やかな微笑みを広げたクロシェが、まっすぐにサクラを見ている。
さっき部屋に入ったとき、二人を見て思った。二割増し、と。普通にしていても女性の歓心を集める容姿が、祭礼にあたり格好を整えたその姿は、最近ようやく見慣れてきたサクラですら、一瞬怯んだほどだ。
「サクラ様?」
反応を示さないサクラに、クロシェの表情にいたずらな笑みが混じる。
「抱きしめるほうがいいですか?」
「それ、余計に緊張煽るってわかって言ってますよね?」
余計なことを考えて反応が遅れたことを悔やみつつ、サクラはクロシェから手を取り返す。最近のクロシェは、二人になればこうしてときどき意味深な台詞を繰り出してくる。反応を面白がられてることはわかるので、なるべく平静を保とうと努力はするが、如何せん、動揺は見抜かれていた。
クロシェのそれを、サクラはどう取ればいいのか、いまだに迷っている。
受け入れたところで、それからの将来的な展望も見えない。もしも本気で好きになったとしても、彼はいずれ、「家」のために結婚する立場にある。その場合、自分はどうなるんだろう、とも。刹那的な恋愛遊戯を楽しむために仕掛けられている可能性も思ったが、クロシェの性格は実直と長官たちは評しているし、部下たちからはむしろ性格的には不器用で不憫との評価もある。ただからかわれているだけでもないのだろうが、真意はやはり、図りかねた。




