Ⅴ ニットリンデンの楔─ⅹⅴ
けれど今、やらなくてはならない。
この土地で、息を潜めて待っていた者たちがいるのなら、その手を取って立ち上がらせることは自分の役目だ。
(いた────!)
屋上には鋭い目をした男がひとり、困惑を強くしながらも待ち構えたようにそこにいた。
「良く、耐えてくださいました」
上がった息をひとつ整えまっすぐに声を発せば、戸惑いと不安とに揺れるように、震える声が小さく問う。
「本当、に……?」
判断に困ると言うような視線を、ちらほらと感じた。その中で、一際強く感じた視線が、彼だ。
騎士服ではないが、至るところに血のにじむ包帯を巻いた彼の年齢は五十くらい。しかし鍛え上げられた体つきは十分にわかるもので、その姿勢の良さや腰に帯びた剣からも、彼が潜伏している騎士のひとりである可能性は、見て取れた。
サクラは十メートルほどある距離を、迷いなく詰めていく。
「どうすれば、信じていただけますか」
長く地下に潜在していた彼らは、新しいセルシアを判じる術を持たない。
「小柄で、黒髪に……黒い瞳で……」
しかし自分の中で整理するように呟かれたそれに、サクラは微笑んだ。
「ああ……外見の情報は入ってるんですね。なら、確認してください」
サクラは彼の目の前まで行くと、猜疑と畏れで腰が引けたその襟首をつかみ、躊躇なく自分の眼前に引き寄せて言った。
「わたしが、セルシアです。仲間に号令を。アリアロス団長の指揮に応じて、今こそフィルセインを押し返すのです。あなた方の、力を貸してください」
サクラは従騎士たちがくれる視線を思い出しながら、彼らのようであれと目の前の男を挑むように見上げる。この世界にはないと断言された黒目、それを証として差し出すように。
彼は間近に見る「黒い瞳」に、ただ目を見開き。
「御意────!」
感極まったように、男は騎士の正礼を取り深く頭を下げた。




