Ⅴ ニットリンデンの楔─ⅹⅰ
「手を……また、握っていてもらえませんか」
クレイセスに手を伸ばせば、クレイセスは手袋を外し、しっかりと手を握ってくれた。
「ほかに、出来ることは」
「しばらく、こうしていてください。物理的に距離が近いだけで、吐き気も頭痛も……さっきより全然楽です」
「従騎士とはそれほどまでに、世界から人であるセルシアを守る役目を負っていたのですね……」
レア・ミネルウァと意識下でなく、現実世界で接触したクレイセスには、余計にそれを感じるのだろう。サクラはそうなんだろうなと、間断なく訪れる痛みに朦朧としながら考える。
人の身で、世界の痛みを分かち合うことは難しい。世界もそれをわかっているからこそ、己から守らせるために「従騎士」を認めているのだろう。
クレイセスは片手でツイードが用意して行った水桶を引き寄せると、中に浸されている薄い布を絞ってサクラの額に乗せる。熱い額には心地よく、呼吸もしやすくなる気がした。
「王都に戻ったら、セルシアに関する話を一度きちんと調べます。我々は、あなたを守るにはあまりにも無知だ」
眉間を寄せ、困惑と悔恨を強く漂わせる群青の瞳に、サクラは力強く握ってくれている手にもう片方を重ね、緩く首を横に振った。
「クレイセスが、そんなに思い詰めないでください。今だって忙しいのに、そんなところにまで気を遣ってたら、今度はクレイセスが倒れそうです。埋もれたものを調べるのって、ただでさえ時間がかかるのに」
「頭が痛いときに話せば、それも響くでしょう。俺のことは気にしなくていいので、目を閉じて、休んでください。このままではニットリンデンまで動かすことも難しい」
サクラは頷き、目を閉じた。
イリューザーの体温と、クレイセスの握る手の力強さに、護られていることを感じる。同時にレア・ミネルウァが耐えがたい悲鳴を上げていることもわかり、意識の中で語りかけた。
今、行くからね、と。




