Ⅴ ニットリンデンの楔─ⅹ
サクラの表現に、バララトが「ひょっとしてテオリスにお行きになった?」と眉根を寄せた。
「準備室?」
「死後に、どこに還るかを選ぶ場所だと言われていますが。先程のサクラ様は確かに、一度呼吸も心臓も止まったのですよ」
「え……あれって本気の臨死体験だったんですか……」
それは、騎士たちにとって泣いてもおかしくない事態かも、とサクラは涙に濡れていたカイザルとアクセルを思い出す。
「そのテオリスに、レア・ミネルウァもいたんです」
言えば、二人の目が見開かれた。
「クレイセスのときはわたしがセルシアになる前だったけど、それでも手順に則っていれば勝手に反応はあったんです。それもないなんて……早く、ニットリンデンへ行かないと……」
「従騎士の誓いのあの反応は、サクラの意思だけではなかったのですね」
クレイセスに頷き、「むしろどうやってあれを起こせるのか、わたしはわからないです」と答える。そして急激にやって来た頭痛に吐き気まで覚え、体を二つ折りにして口許を抑えた。
「サクラ」
「サクラ様」
水を用意して入ってきたツイードも駆け寄って来て、頭を抑えるサクラを心配そうに見る。
「団長はどうか、このままサクラ様についていてください。あとは進軍するだけです。明日早朝、またご指示を」
「細かなことはバララトの判断に任せる。あとは頼んだ」
御意、と二人はさっと頭を下げて幕舎を出て行った。
「しかし、どうして差し上げればいいのか……」
困惑するクレイセスの声に、サクラはイリューザーを呼ぶ。騎士たちがサクラの世話を焼く邪魔にならぬような場所に、落ち着かない様子で座っていたイリューザーはすぐにやって来て、サクラに鼻筋を寄せた。
「イリューザー……ごめん、抱っこ……」
言えば、イリューザーは少し迷ったように寝台に上がり、サクラを包むように丸くなって伏せる。サクラはイリューザーの背に凭れ、クレイセスに手を伸ばした。




