Ⅴ ニットリンデンの楔─ⅷ
「長官を一人、お側に戻しましょう。ジェラルド侯爵領内の営所が一番近いので、そこなら今からでも代われます。私が行く」
「いいえ、大丈夫です。指揮官を何度も交替すれば軍が乱れます。ユリウスさんがレア・ミネルウァをなだめてくれたので、当分はさっきみたいなことになりません。それより、揃えて欲しいものが」
言えば、「ユリウス殿が?」と皆が懐疑的な表情になったのに、サクラはユリウスが助けてくれたことを説明した。
そしてニットリンデン回復のために、歌から生まれた苗木が要ることも。
「ユリウスさん、手袋をしてなかったんです。彼は過去を視る力を持っているので、あの黒いオルゴンとして現れたレア・ミネルウァに触れたときに、すべてを了解していたんだと思います」
皆は神妙な顔つきでそれを聞き、今はそれで納得したのかカイザルがまだ赤い目で確認する。
「本当に、大丈夫なんですね?」
「大丈夫です」
彼の厳つい顔が、初めて見るほどに情けない顔つきになっていて、サクラは申し訳なさに眉が下がった。騎士の中でも気丈な彼にこんな顔をさせるほど、心配をかけたのだ。
「信じますからね? ……苗木、用意して来ます」
立ち上がると同時にアクセルの首根っこをつかむと、「なんで俺まで!」と抗議する声を無視して、ずるずると巻き添えに幕舎から出て行く。
「発熱しておられます。水を用意して参ります」
ツイードもそう言うと立ち上がり、一礼して出て行った。
「サクラ様」
バララトが優しげな面差しに、真剣な目をして言う。
「もうひとり、従騎士としてこのジジイを認めていただく訳には参りませんか」
その申し出に、サクラは目を見開いた。クレイセスも隣で、同様の反応を示している。
「初代のセルシアには十二人の従騎士がいた。サクラ様の従騎士が騎士団の重職である以上、これからもお側を離れなくてはならない事態はきっと来る。そのときに、あなたの守りが薄くなることは不安です」




