Ⅴ ニットリンデンの楔─ⅲ
背後から掛けられた声に、サクラは夢の中とわかっていながら、オルゴンに触れようと伸ばした指先までが冷えて、震えた。
恐る恐る、振り返れば。
「ユリウスさん……?」
そこには亡くなったと知らされたユリウスが、在りし日のままに立っていた。
ユリウスは微笑み、驚愕するサクラの隣に立つとオルゴンに手を伸ばす。
「自分の痛みを知って欲しいのだろうが、それでは人は持ち堪えられない。このままではレア・ミネルウァ、そなたがサクラ様を殺してしまう」
そう言いながら優しく鬣を梳いた手に、オルゴンは項垂れた。
「無事、だったんですか? どこかに身を潜めてるんですか?」
サクラの質問に、ユリウスは相変わらずの静謐さをたたえた視線を廻らせ、ゆっくりと首を振る。
「いいえ。今危険なのは、サクラ様、あなたです。何かお役に立てるかと思い、留まっていて良かった」
「どういう……こと、でしょうか」
ユリウスの言うことがわからず、サクラは食い入るように彼を見上げる。
「もう察しておられるようですが、従騎士を一斉に離してしまった所為で、あなたの守りが薄くなってしまった。レア・ミネルウァはずっと痛みを訴えていたが、盾となる存在であった彼らがいなくなったことで、あなたへの直接的な関与を抑えていた箍が外れたのです。思うままにあなたに縋り、結果あなたは今、死線をさまよっておられる」
「死線をさまようって……わたし、死にかけてるんですか?」
ユリウスの言葉に、サクラはただただ驚く。
レア・ミネルウァが来れば、まだ未発達の感覚を研がれる痛みがあったが、今はそれもない。なんの苦しみも感覚もないことが「異常」だったのかと、サクラは焦った。
「サクラ様。進軍する前に、あなたの歌から生まれた幼木を十二本、苗木としてご用意ください。ニットリンデンが回復するのに、役立ちます」
「わたしの歌から生まれた?」




