Ⅴ ニットリンデンの楔─ⅰ
一斉に攻撃を仕掛ける時間を決めると、ガゼル、サンドラ、クロシェは最小限の人数を率い、その日のうちにそれぞれが各営所へと走って行った。
「サクラ様。湯殿、どうしますか」
バララトが幕舎の入り口から顔をのぞかせたのに、村人がもう用意してくれている時間であることに気がつく。
「ゆっくりお入りになって大丈夫ですよ? 忙しいのは明日の朝からです。サクラ様の護衛として手は空いているので、ご心配なく。あの小僧がのぞきに来ないよう、しっかり見張っております」
バララトが優しくそう言ってくれるのに甘え、サクラは頷いた。
「じゃあ……入りたいです」
この陣営にいるのも今日が最後だ。明日からはまたしばらく、こんな形での風呂に入れないことを思えば、すでに用意されていることもあり、サクラは着替えを用意するとイリューザーを連れて湯殿に向かった。
昼間、降り続けた雨は綺麗に上がっていて、薄闇になり始めた空にいくつかの星のきらめきが見える。
護衛としてバララトとアクセル付き添いのもと、サクラは軍営の高まった緊張を肌で感じながら湯殿にたどり着いた。
手早く髪や体を洗い、バスタオル、よりも大きなタオルを体に巻き付けて湯船に入る。村人たちのお陰で、ここオクトランでは風呂に関して贅沢をさせてもらった。そのことに改めて感謝しつつ、たっぷりと沸かされた湯を堪能する。
いつもならこの段階で、サンドラが来て髪の手入れをしてくれるところだ。何気ない会話をしながらのんびりと過ごす時間は貴重で、サクラの心の整理をつけてくれた。彼女がいないことは淋しかったが、あのように動けることをカッコいいと思うし、憧れる。
(ん……?)
湯船に浸かって少しした頃。
サクラはどくん、という鼓動に似た何かを感じた。自分の鼓動ではない。
これは。
(レア・ミネルウァ……?)
久しぶりに感じる、濃い世界の気配。
(しまった……)




