Ⅰ 春希祭(キアラン)─ⅸ
サクラが怯むのを和らげるように笑う二人だが、きっとそういったことも覚えていかなくては、あの王宮のご婦人方の中では恥をかくに違いないと、覚える項目が増えたことにげんなりする。
「あ……クレイセス。気のせいかも知れないんですけど」
「構いません。何かありましたか」
念のため、先程わずかに感じた視線のことを伝えておく。
「さっき着替えようとして寝室に戻ったとき、視線を感じた気が……。イリューザーは反応しなかったし、部屋の中にいるとかじゃなかったんですけど」
「それはあの、『見えない襲撃者』?」
「いえ。多分……違うと思います。あのときとは、何か、違った感じとしか言えないんですけど……」
ごめんなさい、と言えば、クレイセスは微笑んだ。
「いえ。教えてくださって良かった。今日のあなたは人出の多い中で人前に出る。警戒するに越したことはありません。近衛騎士隊には伝えます」
「気の所為、ってことも」
「それならそれでいい。『何事もなかった』と言えるようにすることが我々の勤めです。何かあったあと、やっぱりそうだった、よりずっといい」
クレイセスにそう言われて、サクラは少しほっとする。
「時間も迫ってきましたね。俺は先に近衛に話をしてきます。あなたはガゼルも揃ったら、イリューザーも連れて出て来てください」
頷けば、クレイセスはアクセルを連れて部屋を出て行く。
「疲れてるところに、また仕事、増やしちゃった気がします……」
「いいえ。クレイセスの言うとおりです。どんな些細な違和感も、お話しください。サクラ様の感覚だから捉えられること、というのもあるでしょうし。取れる対策は、取っておいたほうがいい」
クロシェに頷き、サクラは早くも緊張して、手袋の中でも冷たくなってきた手を閉じたり開いたりしながら、ゆっくりと呼吸をする。
「大勢の前、というのは、まだ慣れませんか。結構平気そうに見えるのに」




