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 大敗の知らせは男の口許を歪ませ、拳に震えを与えた。

 激昂し、目の前の小台を蹴り倒して立ち上がる。


 幾人もの人間が頭を下げたまま、ひりついた空気の中を微動だにせず、次の指令を待っていた。


 とうに春を迎えたこの南の地。窓の外は明るく、男の機嫌とは対照的にのどかな陽気だが、まるで(おもんぱか)るように薄雲が光を遮った。


 そのとき室内に、新たにぬるりと黒ずくめの男が現れ、首尾を報告する。


「さて……セルシアにそれが届くのは、いつのことかな」


 歪んだ口許をさらに歪ませて笑みの形に作り、男はもう一度深く腰を落ち着けた。


 そこに、扉を叩く音。「旦那様」と呼びかける慇懃(いんぎん)な声に、男がサッと腕を払えば、(ひざまず)いていた者たちは瞬時にそこから姿を消した。


「なんだ」

 訊けば、扉越しに重みのある声が訪問の理由を説明する。


「エルネスト未亡人より、ゼグリア便が参っております。お手を借りたいことがあるとかで」

「メイベルが? 入れ」


 入室を許せば、律儀が服を着て歩くかのごとき初老の男が、恭しく一通の手紙を差し出す。男はそれを受け取り、気怠(けだる)く開封した。途端に漂う、彼女の香水。広げた便箋に流麗に連ねられた文字を追い、男は「面白いかもな」と呟いた。


「さて……あの小娘を、どのように()かそうか……」

 今から楽しみだ、と口の端を上げ、蹴倒した台を片付ける家令に命じる。


「ビザンティン産の蒸留酒(ニーガス)を持って来い。……前祝いだ」

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