第Ⅱ話 《《煉禍》のアリステラ》
『始祖ネビュリス様。あなたは悠久の永遠から目覚めることが出来ずに、私たちを見捨て、ただその事象を傍観するだけ』
『――――――。そうね。少しだけ語弊があるかもしれない。神姫エルミナの始祖の血を継承したにも関わらず、悪魔に祈りを捧げた彼女が願う理想から懸け離れているのも事実よ。』
『ねぇ、あなたはどう思う?この崩壊した世界で人間と異種が盟約を締結する理由は何かしら?』
『…………それに関していえば、始祖様は人間の心臓を喰いたいほど復讐と業火の憎悪に満ちてるわ。だけど、その彼女はいま〝氷禍の燕邸〟の最深部に囚われている。』
『そうね。ふふっ。…………ネビュリス様。私はあなたが願う理想や復讐に興味がない。私は、わたしの理想を叶えるために〝アインツヴェルン〟の心臓を喰らう』
『だから――――――、あなたは亡霊の如く永遠に深淵の狭間を彷徨いなさい』
*
同時刻―――魔窮の牢獄内にて。
「二人の〝奴隷〟が牢から脱獄したぞ!!見つけ次第速やかに八つ裂きにしろ!」
格子状の牢獄を隔てる厚みの薄い鉄鋼壁から漏れる監視者の声が周囲に反響し、それは遠く離れた位置にいる僕たちの場所まで警報音が鳴り響いてた。
「くそっ。もう気付かれたのか!?そう簡単には脱獄させてくれないらしい」
「はぁ、はぁ……ぁ。うん。でも……少しだけ時間稼ぎは出来たと思うよ」
世界崩壊後に都市として建築された魔煌都市ノインエルカディアは第Ⅰ~第Ⅲ区域を主に真祖の血に適合した眷属らが管理し人間の奴隷が反旗を翻すような行動をしないか常に監視している。
しかし、監視の目をかいくぐり自由を求め崩壊した外の世界に脱獄を企てる者がいた。
名はミカ=アインツヴェルン。
世界の理を破滅に導く《アインツヴェルン》の最後の継承者にして黒髪紅眼の幼さが残る顔立ちと鋭利な目つきが特徴の少年だ。
その隣には梳いた白銀髪が風に靡いて揺らいでいる華奢な体躯の少女セラがいる。
僕たちは監視の目を盗んで魔窮の牢獄内から避難するため立ち寄った部屋から盗んだ魔煌都市の見取り図と一丁の拳銃を手に取り、脱獄する際に目的の都市外部に最も近い場所にある黒鴉の部屋を目指す。
汚染した川が流れる地下水路から目的地まで目指していくが生ごみなどの腐敗した悪臭が鼻に付いて僕たちの進行を停滞させる。
「わかってはいるつもりだったけど……腐敗した空気を吸い込むだけで肺に痛みを感じる。それに、酷い悪臭もしてる」
僕の隣で休憩しているセラの様子を窺ってみると少し顔色が悪そうにみえた。
「セラ。身体は?体調は大丈夫?」
「う、うん。平気だよ!?」
「無理はしないでね?……ん?あそこから薄っすらと照明の光が漏れているみたいだ。もうすぐ辿り着くから一緒に行こう!」
僕はセラの手を優しく繋いで、出口まで駆け足で向かう。
そこは鮮やかに彩られた結晶が散乱する黒鴉の名前からは連想されない部屋だった。
「ここが……、黒鴉の部屋?」
なかには金木犀や鈴蘭、薔薇などの植物が琥珀みたいに結晶化していた。その光景に魅せられたかのように僕は中央通路まで無意識に歩みを進めて、何の警戒もなくその結晶に触れた。ひんやりとした冷たい感覚が指先に伝わる。
「ふふっ。ようこそ―――綺麗な色彩が結晶に煌く私の楽園へ!」
透き通るように洗練された美声が反響した。
金剛の玉座に佇む少女は腰まで流れる艶やかな深緋色の髪を靡かせながらフリルのついた漆黒のドレスを着ている。そして、少女の瞳は左右で色が違う。
右目は深みのある濃い蒼の瞳、左目は紅炎の瞳で僕たちを見つめていた。
「…………」
僕は彼女のその姿に見惚れた。
とても美しくて綺麗だと思ってしまった。
「―――あなたが、始祖様に叛逆する大罪者?」
玉座に頬杖をついた彼女はそう呟いた。
「僕のことを知っているのか?」
「そうね。始祖ネビュリス様の純血と《アインツヴェルン》の心臓は神聖な燈火から忌み嫌われた。故に昏き加護の浸蝕に共鳴し続けてきたわ。それでも、人間への執念と憎悪が彼女の理想を穢して、その運命すらも破滅へ誘おうとしている」
「……キミは、誰だ?」
その言葉に黒髪の少年は寒慄を覚える。
そして、不安が募るなか彼女に問う。
「わたし?私は―――始祖継承権序列第七位《煉禍》エレンリーゼ=アリステラ。《アインツヴェルン》の心臓を喰らう者よ!」
彼女は《アインツヴェルン》の少年に妖艶な笑みを零した。
「緋翔戦姫編」
第Ⅱ話《煉禍》のアリステラを投稿させて頂きました。
《アインツヴェルン》の少年と《煉禍》の少女が出逢い、始祖ネビュリス無き崩壊後の世界でどのようなストーリーが始まるのか今後の展開に期待したいですね。
それでは皆様、次回の更新もお楽しみに!!