第Ⅲ話 《穢れた神姫と業火の憎悪Ⅲ》
氷禍の燕邸に六重の封魔鎖で封印された魔姫ネビュリスは仮死状態に陥る直前に自身の血液を贄に神獣を召喚していた。神獣の血液を媒介に人間の身体から怪異の姿に変貌した吸血種を支配下に置くため、事前に家畜として飼育する未成熟な子供の命を殺す。
その死骸と化した人間の心臓を供物として彼女は契約魔術【降魔影霊】を発動した。
結果は前者の通りに眷属化には成功したが、その禁忌魔術による多大な犠牲も大きくその行為は世界の枢機卿らに危険視された。
それを機に【降魔影霊】によって魔姫ネビュリスの眷属に堕ちた吸血種らは天敵の陽射を閉ざした地下空洞に大都市〝ノインウェルカディア〟を築く。
夕闇に照らされた街道は陰鬱な空気が漂い、繫栄した町並みも慄きを感じるほど時化ていた。
「――――――様」
金髪の男性は黒のガウンコートを羽織り、鷹のごとく鋭利な目つきはさながら獲物を狙うかのような狂気さを感じる。
「先ほど〝影〟から情報を承りまして、魔姫ネビュリス様の身体は純潔を保たれたまま封魔鎖による黒曜の神柱に幾重にも封印を施されています。また、人間が暮らす帝国都市エルサレムは密かに対吸血種の兵器化を確立させたと報告があり、私たちに人間の脅威が着々と迫りつつあるとのことです」
その梳いた銀髪を揺らす少女が淡々と事の経緯を話す。
彼の個室には、希少価値が高く風合いの豊かさや木目の美しさを誇るブラックウォールナット材を使用した高級感が溢れるデスクと淫靡な芳香が部屋全体に漂い少女の幼い身体を疼かせていた。
「そうか」
彼は頬杖をついて深く頷いた。
「―――様?」
「シルヴィ。……すぐに上位始祖会に連絡をとり各支配区域の吸血種らにこう伝えよ。『時は満ちた』と。そして、ネビュリス様の御命により、俺の権限を行使する。すべての人間を殲滅し、悲願を果たすときだ」
「は、はい!すぐに準備致します!」
銀髪の少女は慌てた様子で軽く会釈をしてその場を離れる。
―――はひとり個室に残るとガウンコートの懐からきらびやかに輝く深紅の宝石を取り出す。
それを首にかけたペンダント型魔導具の窪みにカチッと奥まで差し込むとロックが解錠され、なかには一枚の写真があった。
金髪で幼い少年の背後からそっと腕を回して抱き締めるように抱擁し一緒に座る華奢な少女の姿が撮影されており、その綺麗な写真からは優しい表情で笑顔を零す被写体が写されていた。
しかし、その少女の外観は神姫エルミナの姿と酷似していた。
2本の簪で細かく梳いた白銀色の髪を束ね美しい白磁のうなじ、少女の背中から見え隠れする薄く色艶やかなそれは、カメラのシャッターを切る一瞬の時間で形成したモノを霧散させたのだろう。
微かに霧状の煙も認識できる。
だが、少年はそれに気付くはずもなかった。
……個室の観音窓から差し込む街灯の光がペンダント型魔導具を淡く照らす。
そして、
「……エルシャリア」
闇夜に浮かぶ―――の口元は弧を描き、静かに少女の名を呟いた。
煌歴2145年、初夏。
人類史における最大の事件が起こる。
魔姫ネビュリスの血を継承して人間の身体を変異させた吸血種。
それらを統率するは理想郷都市アヴァンシエルを管轄し、各支配区域から選抜され上位始祖会に属する―――神魔の眷属。
神魔の眷属らは主の悲願を果たすべく地上世界に棲む人間の都市へ侵攻を開始すると魔姫ネビュリスが仮死状態に陥る直前に召喚した13体の神獣はその身体から放出する致死性のウイルスを蔓延させ、12歳以下の子供を除く大人の人間が次々と絶命したことによる人口減少は世界各地に甚大な被害を与えた。
また、神々の隷属である神獣は数多の軍勢を率いて各国の首都を陥落させた。
帝国都市エルサレムは強固な設計構造で建築された建造物が多いなか、それらはすべて瓦礫が散乱し、周囲は火の海に覆われた。
致死性ウイルスが蔓延した都市から生存するも奴隷の身分に堕ちた子供たちは吸血種が棲む都市ノインウェルカディアに連行されて地下牢獄内にて拷問または神獣の餌用に飼育される。
吸血種にとって人間の生命は軽々しくも都合の良い道具の一つにしかすぎなかった。
「無能な人間、我らに歯向かう愚者たちよ。時は満ちた。この瞬間からネビュリス様が統治する都市と化し、新たな〝理想郷〟がここに誕生する。我々に敵対する者は極刑の罪で処罰される。生き残る道はただ一つ。我らに身を委ね続けることだけ。選択を間違えればその命は潰える」
黒のガウンコートを羽織った金髪の青年はここに宣言する。
「生贄か奴隷か、選ぶのは愚者たちだ」
皆様、序章第三話は如何でしたでしょうか?ペンダント型魔導具に保管された写真に写る少女、そして青年が呟いた〝エルシャリア〟という言葉。これは何を意味するのか?
さて、次回の投稿から第Ⅰ章に進みますので今後の物語にこうご期待ください。
それでは皆様、次回の更新もお楽しみに!