第Ⅰ話 《穢れた神姫と業火の憎悪Ⅰ》
煌歴645年、冬。
その場所を際限なく鮮紅に染まる雛罌粟のごとく煌々と満月に照らされる天夜はとても美しく綺麗な景色だった。
かつて、幻想的な銀世界に建造された『氷禍の虚塔』は神の加護に愛された神姫エルミナと神の加護に忌み嫌われた魔姫ネビュリスが始祖の血を廻り、天上世界を戦禍に巻き込んだ〝擬彩されし神魔戦線〟は獣人を含め異種族に分類される数多の死骸と化した人間の犠牲を払い絶えず繰り返された。
しかし、神の加護といえどその消費は無限ではない。
この世界は生命を以て誕生したその瞬間からあらゆる生物はその身に魔力を宿す。
故に魔術は事象や世界の理さえも簡単に覆すことのできる代物であり、神の加護もまたその魔術の対象というわけだが。
擬彩された銀世界に記憶されていた天上世界は過去の史実とはどこか異なり、本来あるべき現実世界には存在しない。
また天上世界と呼称したモノを銀世界の記憶に定着する以前の状態に擬彩したことによりその存在自体を無いものとした。
つまり、記憶領域内における構成情報を消去したということだ。
さらには神姫エルミナと魔姫ネビュリスの魔術戦は過激さを増し熾烈な戦いが続いていた。
夜空に散りゆく閃華の火花。
稲妻を帯びた雷鳴が猛々しく轟くように周囲に鳴り響く。
「……ぜ、何故だ!天上世界の神に、民に愛され神聖な加護を有するキサマがなぜ数多の人間を殺し暴虐を繰り返す?」
天夜に靡かせる黒翼は満月から差し込む白色の光でどこか神聖な雰囲気を醸しだしていた。
「わたしはこの幻想世界が大嫌い。ふふ······、天上世界に、神に、数多の人間に愛された?……ふざけるな!!華奢な身体を壊して、陵辱して、心を穢して、それを醜く嘲笑い、蔑み、人間の感情を捨てたわたしを愚弄したのはあなたたち天上世界に棲む人間たちでしょ!」
煌々と輝き色艶やかに舞う天翼を大きくはばたかせエルミナは天魔術《輝龍蒼嵐(ノイン=エルリュドミラ)》を起動させた。
魔術を構築する際に必要な第Ⅰから第Ⅳ工程を省略し第Ⅵ工程の記憶領域に複写・投影した高度な魔術式を無詠唱により構築された六芒星魔法陣が天翼の羽を媒介に一点に凝縮する。
「わたしの身体は鉛のように重く、深々と意識は地の底に沈み、視界が漆黒に塗り潰されるこの痛みは―――人間への復讐と憎悪だけよ。そこでわたしは気づいたの。全ての人間を消滅させるまでこの業火は鎮火しない。残酷な悲劇を、人間の殺戮を、暴虐を永遠に繰り返すだけ。これが神姫に導かれた者の最後の使命ということよ」
「……ッ!?」
彼女の怒号と同時に幻影が姿を顕現させ雷光を帯びた蒼龍が魔姫ネビュリスの背後を強襲する。
彼女は一瞬の隙を突かれて寸前に魔法障壁を張るも蒼龍に黒翼ごと嚙み砕かれ、氷雪が積もる地面に叩き落された。背中から伝う紅く滲んだ鮮血が白磁の雪を赤く染める。
「っ、あっ……ぐぅ……うぅ」
燃えるような痛烈な痛みを伴い、彼女の身体は震えて支える両腕に力が入らない。
そこへ煌々と光輝く天翼で空を舞う神姫エルミナが氷雪の地に足をつけた。
「ねぇ、ネビュリス。あなたは《アインツヴェルン》を聞いたことがある?」
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。
過去に投稿させて頂いた事に関しましては、時間を設け数話程度ですがブラッシュアップが出来ております。
今後の投稿時期におきましても定期的に投稿させていただきますので、お楽しみにお待ちいただければと思います。
それでは皆様、次回の更新もお楽しみに!!