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第三十七話

 空元気の痛々しい那内がそこにいた。


(那内さんと支え合うしかない。この苦しみと悲しさは……)


 雨狩はそう思い、昨日のことを話さずに互いに暗黙の了解を得たのか話題を避けて登校する。


「おはようございます。那内さん」


「ゆっくり歩こうか……チョコレート食べる? こんな時だからこそ食べないとダメだと私思うんだ。はいっ!」


 那内はそう言って銀紙の半分割ったミルクチョコレートを渡した。


「ありがとうございます。そうですね、どうかしてました。何はともあれこれで終わったはずですし……」


 雨狩はそう言って銀紙からチョコレートを小鳥のようにつまんで食べる。

 ブラックコーヒーの後からか、味覚を通じてただひたすらに甘かった。


(借りた能力を返せばこの味覚も失われるのか……エクソシストとの接触を避けて、この能力を隠しながら那内さんと生きていかなければいけない)


 そう思い、那内と雑談を始める。



「……それでね、私このまま行けばテニスでスポーツ推薦で体育大学行けるんだ!」


「将来の悩みなんて計画的に考えつつも実態は違うから、結果として漠然としたものになりますよね。僕にはこのまま流されるように付属ですから進学でしょうね」


 二人の雑談が学校に向かうまでに続く。

 互いに早く起きてしまい一人で居るのが辛かったのか、朝練が始まる那内と同じ時間に雨狩は登校している。


「いつもこのくらいの時間に朝練を?」


「うんっ♪ 今日は自主練の朝ランニング出来なくてね。体力だけは自信あるから一日寝ないくらいでも大丈夫だよ」


「そういえば梅貫さんのメール見た?」


「えっ? いえ、来てませんけど……突然どうしたんですか?」


 雑談の中で起きた突然の話題転換に内容もあってか、雨狩は戸惑う。

 忘れたくても忘れられない彼女はどうなったのだろう?

 そんな雨狩の表情を察してか、那内は話を続ける。


「あんなことがあったけど、お礼が言いたかったみたい。梅貫さん母子家庭みたいで母方の弟さんの家に引き取られるみたいだよ」


「そうでしたか、今日学校で彼女の所に行くべきでしょうか?」


「警察とまだ色々あるみたいで登校できないみたい。引き取り先の家って愛媛県みたいだから、引っ越しや住民票の手続きとかでしばらくは学校には行けないって内容のメール来てたよ~」


「母親の葬儀は?」


「お金が足りないみたいだから出来ないって」


「……そうでしたか」


 命があっただけマシかもしれないと、出石眞のことを思い雨狩は静かに答える。

 学校の校門に着く。


「じゃあ、私はテニス部の朝練があるから、また明日ね」


「明日って……放課後会えるのではないですか?」


「う~ん、放課後も大会近いから練習多めでね。オーバーワークっぽいけど仕方ないんだ。だから会えないし、一緒に帰れないよ。ごめんね」


「良いですよ。お気になさらずに。もう能力に関わることもない僕たちは日常を取り戻せたのですから……」


「そうだね。あ、あのさ雨狩君……」


「どうしました?」


「今週の日曜日に遊園地でも行かない?」


 那内と誘いに雨狩は人が死んだ状況でありながら、那内の気遣いと逢引きに心が癒された。


「ええっ! 良いですよ。ありがとうございます、那内さん」


「うんっ♪」


 雨狩は日曜日の異性との初めてのデートの為に今日から昨日までの出来事を少しでも忘れようと誓う。


(すみません、出石眞さん。梅貫さん。我儘ですが、この平和を壊したくないんです)



「きゃあー!」


「うっわ! ちょっと、止まってくださ……うわぁ!」


 雨狩と那内は昼になる前の日曜日に、埼玉の遊園地でジェットコースターで叫ぶ。

 突然の急降下に楽しむ那内と乗り物が苦手な雨狩が疲労感と緊張感からかフラフラしている。


「あーあ、もう終わっちゃった~。雨狩君ソフトクリームでも食べに行かない? どうしたの?」


「……」


 雨狩はガタガタと震えている。


「ジェ、ジェットコースターって怖いですね」


「あはははは~。でも慣れると楽しいよ~。次はエキサイトかつ安全な乗り物にしようよ~」


「そんなアトラクションあるんですか?」


「コーヒーカップだよ~。回せば回すほど凄いことになるよ~」


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