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第二十六話

「へっ?」


 思わず包装袋をゴミ箱にではなく、コンクリートの地面にポトリと落とす。




「……い、一体、一万田君が何をやったって言うんですか?」


「なんでもよ。学校休んで他校の女とデートしてたの警官にバレて、電話しながら逃げて来たらしいんだけどよ」


 屋上で白本が説明する。


(それ以前になんで学校休むんだろう? だから学校はどうしたのって? 警官の方に言われて捕まるのに……)


「シリアスなメインはこっからでよ。それが普通の警官じゃねぇんだよ! なんか一万田の電話からかけてきてよぉ!」


 警官。

 捕まる。

 昼下がりの不純異性交遊高校生。

 危険なのは確かだった。


(それに加えて警官が逮捕者のスマートフォンから電話? おかしい。家庭や学校の教員に自分の本庁からかかって来るのに何かか変だ)


「聞いてんのかよ! 雨狩、なんか条件次第じゃ見逃してもいいとか俺に電話したんだよ」


「警察が一個人で……そんな粗雑な事を?」


「ああ、変なこと言うんだ。久々に風の力を試すサンプルが欲しいとか、満たされないとか、訳分かんないことブツブツ言ってたんだよ」


「……!?」


 雨狩は顎に親指を当てる。

 嫌な予感を想像するたびに顎が下がっていく。

 明暗で影が顔に生まれ、広がっていく。


(風? 僕の鎖と関係が? まさか? いや、さすがにそれを断定するには早計過ぎる)


「んでよ、それで他に一万田がゲロったのか、警官が俺とお前とヤナと井田っちを建設中のあの介護施設からちょっと近くにあったビルあるだろ? あそこに呼んで来いってよ。しかも早くしなければ一万田は逮捕だって、言って切りやがったんだ! どうするよ?」


 白本は興奮気味に両手を広げて、汗をかきながら話す。


「なぁ! マジで頼むよ! 怖えんだよ! こんなことになるとは思わなかったんだ!」


 切迫した表情で、雨狩に肩をガシッと掴む。


「あ、痛っ……!」


「頼むよ。あいつ捕まったら俺らの事も、色々ゲロっちまうかもしれねぇ。普段はあんなヘマする奴じゃないのに!」


「わ、分かりましたから、肩から手を離してください。痛いですよ」


「雨狩君っ! もしかして警察官の人って能力者さんじゃないのかな?」


 今まで黙っていた那内が立ちあがる。


「はぇ? 能力者ぁ? まぁそこの可愛い女の子が言うにはそんなこと言ってたような……ああ、大事な事なのにあんま覚えてねぇ……」


 慌てふためく白本と対比するように落ち着いていく雨狩に、那内は困惑する。


「……断定するのは早いですよ。僕たちの知らない何かがあるかもしれません。出石眞さんの一件もありますし、そう捉えるのは解らなくもないですが……」


「そうだっ! 出石眞さんにもまだ会って無いよね? 私の能力って細かいところどうなってんだろ……」


 雨狩には那内以上に数々の疑問を、ヒシヒシと感じている。


(おかしい、一万田君と言い、今日の白本君の崩れた態度と言い……ここ最近、あの夕方からだ。能力のせいではあるが、何か異常だ……)


「雨狩ぃ、一応学校終わったらみんなで建設中のビルに行くしかねぇんだ! 頼むよ。俺らこんなところで終わりたくねぇよ!」


「だから、落ち着いてください。大丈夫です。警官を安心させるために、まず電話を貸してもらえませんか?」


「えっ、あ、ああ。そういやお前、一万田の番号も知らないんだったな。履歴あるだろ? これにタッチしてくれ」


 コールが鳴る。


(まず那内さんが言う能力者以前に……)


 二度目のコールが鳴る。


(相手の目的が解らない。風のサンプル? やはり?)


 三度目のコールが鳴る。


「……白本さん。私の実験体(サンプル)は集まりましたか?」


 スマホ越しに、どこか慇懃無礼な態度で男の声が聞こえる。


「一万田君の友人です。彼が何をしたのかは聞きました。警察がこんなことをして良いと思っているのですか?」


「おや? どうやら初対面の方のようでね。これは失礼。最近、業務ばかりで趣味を怠っていたので軽犯罪者を行方不明にでもしようかと思いましてね」


「趣味?」


「理解が出来ないでしょうが、私はデータが欲しいのですよ。私自身のある力のね。フフフ……借りているとはいえ能力とは良いモノです。ああ、失敬独り言でして……フフフ……」


(当たりか……まず会ってはいないが、能力者に違いない。こちらが一般人であるということを思わせておこう)


「言っている意味が解りません。一万田君を放課後に集まったら、今回の事は見逃せとまでは行きません。ただ僕らも一緒に署に行って、罪を軽くするために弁解しますので、こんな個人的な行為をしないでください。貴方のしている事だって警察側から見ればクビですよ?」


「おしゃべりが過ぎますよ。これを聞けば解りますかね?」


「? 何をする気ですか?」


 その時ビュンビュンっとスマホから自然音が聞こえる。

 風の音だった。


「あっががああああああ!! いでぇえええ!」


 スマホの奥から一万田の悲鳴が聞こえる。


「!? 何をしたんですか!」


「ああ、実験ですよ。事件じゃなくて趣味のサンプルの、ね。フフフ……」


(風の音で悲鳴が聞こえた?)


「何をしたんですか! 止めてください。サンプルだか何だか知りませんが貴方のやっていることは犯罪です」


「先ほどの行為は私に指紋がないですよ、弾丸の線条痕もね。犯罪も何も無いじゃないですか? フフフ……能力と言ったでしょう? まあ、知らずに死んでいく慈悲も、また趣が深いと言うものですね。フフフ……」


「あ、雨狩君。今何かスマホから大きな悲鳴が聞こえたよ……イイちゃん達にも言った方が良いかな?」


 心配そうな那内を手で制す。

 危険が広まるので、それを防ぎたい。

 雨狩の脳裏に風の音で体が裂ける飯田達のビジョンが浮かぶ。

 最悪の状況になるだけだと判断する。

 制止に戸惑う那内。

 雨狩なりの不器用な制し方だった。


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