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第二十四話

「う、うん。分かった」


 那内がスマートフォンで警察を呼び、怯えていた中年の男はその異様な黒い鎖の光景に尻もちを付いていた。

 警察のサイレン音が聞こえたのは、那内が電話を終えて二十分後だった。

 男の頭の上にある赤文字の数字が、ちょうど三から二という数字に変わる。


「あと二分か、不味いな。デスバインドを解除しないと相手が死んでしまう! ……那内さん、走りますよ! 警察にも能力を見られては不味い!」


 雨狩は走りながらも操作しなくても、男を縛った位置を留める。

 手先から具現化されている動く黒い鎖は、那内に向かって走る雨狩に重量感を与えない。


「デスバインド解除っ!」


 雨狩はそう言うと鎖は砕けるようにパキッと音を立てる。

 そのまま粉のように鎖だったものは地面に落ちて消えていく。

 デスバインドの鎖に縛られていた男はアイスピックを落とし、背中に叩きつけられる。

 那内も雨狩を追うように走る。

 その時に警察の乗ったパトカーが止まるが、そこには雨狩の姿もなく。

 能力に怯えた中年の男と、銃刀法を違反している傷のついた倒れた男がいるのみだった。



(今日は走ってばかりだ……体力が付きそうですよ。マイペースに考えている場合ではないな。能力を他の人に知られてしまった。今後どうする?)


 那内の実家まで走り終えた雨狩は、息を切らしながら思考する。


「今のが雨狩君が言っていた能力なんだね……。ごめんなさい、でもあの人放っておけなくて私が勝手に……」


「良いんですよ、那内さんが無事ならそれで充分です」


「雨狩君……」


 那内さんの頬が、やや赤みを増す。

 日が沈み、息切れていた雨狩の肩が上がる。

 那内の家から母親が料理をしているのか、食欲をそそる匂いがする。

 能力使用時の空腹デメリットを補う那内には、実家の料理の匂いでこの後に食事をして満たされるのであろう。


「雨狩君も夕食食べていく? もう夜だし、雨狩君のお父さんに連絡するからさ……」


「すみません。両親から怒られるので、それは出来ません。タクシーを呼んで帰ることにします」


 雨狩は両親から、普通の高校生よりも多めに毎月お小遣いをもらっている。

 タクシーは利用するのは異形以来だが、スマートフォンの電話番号を覚えているので入力する。

 あの揉め事があるため、一人で変えるのは危険で、那内の家と雨狩の家とでは距離もあるので使わざるを得ない。


「雨狩君ってリッチなんだね。話は変わるけど……知らない人に能力見せても良かったの……?」


「警察が来ても肝心の能力を出した僕が居なければ、まともに取り合ってはくれないでしょう。むしろ無断停止に恐喝罪及び銃刀法違反で、インプレッサの方が事情聴取され、然るべき処置を受けるだけのことです」


 雨狩はそう言って電話するので失礼っと、スマートフォンでタクシー業者に登録の為の住所と電話番号及び名前を言う。

 現在地である那内の家の住所を言い終えて、到着時間を聞いて通話を切る。

 黙り込んでいた那内の表情が暗くなる。


「どうされました?」


「あのね……私、怖くなった……このこと(能力)お母さんに相談した方が良いよね?」


「それはダメです」


「ど、どうして?」


 雨狩のどこか冷徹さを見せる声に、戸惑う那内に優しく答える。


「那内さん。この能力が世界規模で公開されれば、出石眞さんの言っていたエクソシストの存在が露見されます。長い目で見れば今後能力者が政府の実験体にされたり、悪用する人が出る危険もあります。そうなれば僕達にも被害が……」


「悪い方向に考えすぎだよ~」


「特に那内さんの能力は多くの能力者が出た後では、公表されれば核兵器と同じで必要悪にだってなりうるかもしれません。なにせ世界そのものを変える能力なわけですから危険です」


 那内はそれを想像したのか、少し怯える。

 自信の無い怖さから出た雨狩の言葉は、どこか突き刺さるようでいて現実的にも見えた。

 それで妥協したのか、納得したのか那内は受け入れる。


「……わ、わかったよ。雨狩君の能力は出来る限り使わないようにするべきだね。私も気をつける」


「すみません、こんな言い方で……」


「しょうがないよ。さっきのは私のせいで能力使わせちゃったもん」


 その時にドアが乱暴に開けられる。

 那内の家の者だろうか、少年が飛び出す。


「姉ちゃん! 遅いよ! パパからジーピーエスがスマホにあるから探してこいって言われたんだぞ! 家の前だからラクショーだったけど、何してたんだよ!」


「あっ! 大輔! 待っててくれたんだ~。ありがとう、ごめんね~」


 大輔と呼ばれたやんちゃそうな小学生の中学年ほどの少年が、那内の袖を引っ張る。


「誰この人? 姉ちゃんのコレか?」


 遺伝なのか那内の弟は跳ね髪だった。


「ええっ? も~! おませなこと言わないの! わかったよ大輔、お姉ちゃん家に入るよ~。あっ、タクシー来たね、またね雨狩君。明日ちゃんと学校行くから大丈夫」


 気づけば雨狩の後ろにはタクシーが来ている。 


「お兄ちゃん、名前何て言うの? 本当に姉ちゃんのコレなのか?」


「あ、いえ、その……コレって……所謂、か、彼氏と言う?


 異性を自覚したのか、雨狩は照れてしまう。


「ん~」


「な、何ですか?」


「なんか、お兄ちゃん見てたら俺……変な気持ちなるよ! すごくドキドキする!」


「ええっ……!」


(不味いなデスバインドの効果かこんなにも早く発動するとは……ここは退散しますか)


 ちょうどタクシーのドアが開き、待たされていたのかやや不機嫌そうな初老のタクシードライバーが雨狩を見ていた。


「あのさ、兄ちゃん……俺……」


「すいません、大輔さん。これで失礼します」


 雨狩は早足で、タクシーに乗る。


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