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第二十一話

「がふっ! げほっ! げほっ!」


 雨狩は那内より一分弱早くデス・バインドを虫の痛みから逃れるために念じて指先から体中を拘束して守って使っていた。

 その鎖が息切れで解けた時に、呼吸を求めて外の空気を酸素が求める限り肺に吸う。

 息を整えた時に口の中に虫が入った感触もなく。

 河川敷の周りには虫どころか出石眞もいない。

 夕日が昇っており、周りには倒れていた雨狩を不思議そうに見てスマートフォンで救急車を呼ぼうとしている中年の男がいた。


「!? 那内さん?」


 雨狩は起き上がり周りを見て、自分の体を見る。

 虫の傷もなく、何故かワイシャツに暁の夕日に彩られる赤色のネクタイをウインザーノットで結ばれている。

 井田達に間接的に借りた服ではなく、下は青のズボン。

 それは雨狩や那内が通う男子用のブレーザー。

 鞄が横に置かれているのも含めて、学校の制服。

 驚いた中年の男は正常な雨狩に舌打ちして『慣れない事するもんじゃねぇな……』っと毒づき離れていく。

 雨狩は手を見る。


(体感してまだ慣れないけど、僕は確かに能力を借りたのか? 確かにあの異形を相手にデスバインドと呼ばれる拘束能力を使用して自分を守っていたけど……どうなったんだ? 那内さんは? 出石眞さんは?)


 鞄の中身を確認する。

 数学、政治経済、英語、国語、化学、倫理の教科書とそれらのノート。


(水曜日の教材? 北井さんには面識があり、飯田さん達に会ったばかりの日? つまり異形を最初に図書館で見かけた日でもある。それにちゃんと僕が井田君達に教える時に読んだ後の教科書の印までページについてる。誰かが触った形跡はこれらの事から恐らくはない)


 雨狩は立ち上がり、スマートフォンで日にちとアプリを確認する。

 北井が教えた那内捜索用のアプリも無い。

 飯田のアドレスもある。

 日にちも再度確認する。

 間違いなく、放課後の水曜日。


(間違いない。この時間と日にち、それにメールアドレス。北井さん達と会って、夜に図書館で異形と対面する日の夕方だ)


 必然的に生まれる矛盾。

 那内と共に異形と出石眞に出会ったのは、図書館。

 ここは出石眞と那内が移動した能力者や、二回目の異形と会った場所。

 日にちが開いているのに、何故自分は最初に異形に会った日に?

 異形と二度目の対面をした河川敷の場所にいるのだろう?


(まだ状況が呑み込めていなくて、理解が出来ない。だが、うかつに動くのは危険な気もする。那内さんが生きているのかさえ怪しい。出石眞さんが守ってくれる? 同行している可能性がある? いや、そもそも日にちが違う。……面識が生まれない。それだと……)


「危険だ……異形かあいつに殺されているのかも……いや、那内さんの家に向かえばいい」


 不安と怖さのあまり声が出る。

 北井に道案内機能のアプリを入れる日に、那内の家の住所が入力されていたことを思い出す。

 雨狩は次の日に北井に入れてもらったアプリを過去の今にインストールし、住所を入力した。


(文字媒体だけで住所は断定できないのし、表札があるわけでもない。僕の運動量から考えて準備がいる。ここならまだ走れるな。急ごう) 


「あれ? 雨狩じゃん? こんなところでお前どうしたの? 今日来ないからメールしたのに初シカトするし、皆勤賞のお前がサボるとか、明日から世界に人を難病にさせるウイルスでもバラまかれるんじゃないのか?」


 聞き覚えのある声がする。

 声の方向を見上げると、河川敷のコンクリートの道から二人の男子がいる。

 メールばかり打っているいつもの一万田と、声の主である白本がクリームパンと食べて見下ろしている。

 雨狩は無言で坂を上がり、二人のいる道路に止まった。


「えっ? もしかして喧嘩すんの? 黄昏時に優等生ごっこの溜まった分がついに爆発して悪街道行っちゃう系? いやぁー、ファッションDQNですわぁー。ソフトなのはオナニーだけにしとけよ。皆勤無くしただけで本性表します~、とか小物過ぎて草も生えないわ~。シリアスに言うけど、似合わないぜ雨狩」


 そう言って、袋からエンゼルフレンチを取り出す。

 言動から見て、間違いなく雨狩が知る白本だった。


(試しに聞いてみるか……)


「唐突ですみませんが、田辺さんから借りた服はどこにあるか知ってますか?」


 二人がピタリと止まり、一万田はこちらをチラチラ見る。

 柳沢と一緒に道を教えていた白本は、エンゼルフレンチのかけらを思わず口からこぼす。


「えっ? マジで……ワルワルなの……? つーか、なんでその情報知ってんの? ヤナか井田っちがゲロったとしか思えねぇーじゃん! ああ、お前もあのデータ渡して、サボれたのか? いや、そもそも朝から見てねぇし、使うメリットねぇじゃん。やっぱファッションDQN目指してたら下ってた系か? お前……BA☆KA☆KA(馬鹿か)!?」


 白本は雨狩の言葉に最初は驚く。

 そして色々どうでもよい質問攻めをし、最後はアクセントの聞いた大声を雨狩に出す。


(やっぱり知らないみたいだ。どうやら本当に日にちが過去になっている。安心は出来ないが那内さんの安否が気になる。行かなきゃ!)


 一万田がスマホで雨狩の顔を無断で撮影する。


「な、何をするんですか? 法律でその人の許可なく無断撮影は禁止ですよ。罰せられるんですよ、一万田君」


「雨狩ってさ……肌が白いし、眼鏡も似合ってて外すと可愛い顔してるよな。今度俺んちで遊ばね? つーか今すぐ!」


(まさか……デスバインドのデメリット? でも次の日じゃ? どうなっているんだ。というか逃げなきゃ同性に愛されて、僕は那内さんに会う前に大事なものを失いそう……早く家に向かおう!)


「す、すいません! ぼ、僕これで失礼します!」


「行かせないっ!」


 一万田が雨狩の右腕をガッと掴む。


「えっ? ちょ、ちょっと放してくださいよ! 一万田君!」


(た、大変なことになる~!? 逃げないと! デスバインドをここで使えない。巻き込むことになる。というか使えばまた僕は再度こういう目に遭う。ひ、酷い能力だ……)


 雨狩が本能で、貞操の危機を直感していた。


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