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第十九話

 那内は無言で、雨狩の右手を両手で強く握る。

 口は声から叫びを抑えるように紡ぎ、震える両手は雨狩のやや冷たい体温の手を温めるように離さないように強く握る。

 スポーツで頼りになる彼女が、小さい体をさらに小さくなった怯える殺処分される前の子猫のようだった。


「ソコダ ソコダ アンチョク」


「っ!? 雨狩君、右に避けて!」


 出石眞は雨狩達から離れて自分から囮になり、戦闘する気だったのだろう。

 出来るだけ距離を取ったのが仇となる。

 今までの敵とは違ったのか、無意識だが炎は水に弱いことを逆手に取られて川岸に異形が光学迷彩が解けた時のように形を成して現れる。


「いやぁ!!」


「な、那内さん!」


 異形の片方しかない長い腕が那内の足を掴む。

 そして脊椎動物のムカデのような形から上下に動いては足らしきものを動かし始める。

 それが倒れた那内の足を絡めながら、激しく動かしている。

 雨狩もその異形の力で、那内と共に引っ張られるように倒れ込む。


(なんて力だっ! 殺される! 何とか時間を稼がないと! 那内さんと僕が助かるためになんとかしないとっ!)


 出石眞は炎を使おうにも、この距離では雨狩ごと炎で焼いてしまうため能力を使おうにも使えない状況だった。


「い、出石眞さん!」


 雨狩の救済の声に、出石眞は戦い方を変える。


「燃えよ! 魔炎スカルフレイムよっ! 我が名において炎を槍上に形成し異形に当てよ!」


 出石眞がそう言うとそれに応えるが如く、三本の爪が動いて炎を細く鋭利な形になる。

 これは雨狩に説明していない部分の基本能力の使用応用だった。

 初めて使うのか、出石眞は緊張の表情で炎を出来るだけ早く構成する。


「雨狩君! 助けて! 雨狩君!」


 那内は涙を流しながら、両手を雨狩の引っ張られる右手に力を入れる。

 しかし無慈悲に異形に引っ張られていく。

 雨狩はその手を離さないように、必死に握る。


(頼みます! 何が何でも、僕たちは生き残りたい!)


 雨狩の願いが届いたのか、それは同時に起きた。

 出石眞の能力の応用が間に合う。

 そして詠唱して成立する能力技を呪文のように彼女は解き放つ。


「味わえ! 魔炎スカルフレイム・ザ・ランス!」


 出石眞がそう言うと、爪で形成された槍状の炎は弓を得たように発射される。

 矢のようでいて弾倉の銃よりも早い炎槍は、異形の牛の顔を無理やり取り付けた顔にぶつかる。


「オネイサン! オネイサン! オネイッサァアン!! アアアアアアアッ!?」


 異形は両頬の長さの口から、大量の虫を吐き出す。

 それは那内の足を離すも、雨狩達の体にゴキブリのようにカサカサと体中を足から脳に向かって進む。


「いやあぁぁーー! 気持ち悪い! 痛いよぉ! 助けて!!」


 雨狩も虫の持つスズメバチのような鋭利な針に肌を刺されながら、痒くなっているポロシャツの痒みよりも更に上を行く苦痛と毒を貰っているような未知の痛みに苦しむ。


「かあ……さん……」


 母親の名前を無意識だが、呼びかけた時にそれは起きた。

 那内と雨狩から虫への痛みが麻痺のせいなのか、無痛になる。

 そして互いに周りの風景が、文字だらけの空間になった。

 痛みがなくなった雨狩と那内の前に、暗い赤黒い闇の世界に光の青文字で浮かぶ。


「残り五分。元の世界に戻す前に契約しますか?」


 青文字の文を頭から聞こえる機械的な音声が読みだす。

 那内は泣きながら浮かんでいる空間に重力があるのか、手を頬に伝わせ涙を拭う。


「これは……? まさか能力を借りるという契約ですか?」


 雨狩が驚いて、思わず声が出る。


「ううっ! ひっく! 怖かったよぉ~!」


 機械的な音声が、また響く。

 それは那内にも聞こえていた。


「能力を紹介します。借りることを承諾するかどうか選んでください。雨狩、能力公開。那内、能力公開」



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