EPノブナガ6『キャットファイト』
「ねぇ、アヤト君」
「あ、あぁ。どうした?」
「そして、ヒロ君」
「はい。なんでしょう?」
医療棟にある個室病棟のカズハの部屋でアヤトとヒロは直立不動で休めの体制をとっていた。二人の姿はまるで戦場で上官からの話を聞く若い兵士のようだ。
「私ね。暇なんだよ」
昨日倒した蜘蛛のような戦い方をしてきたアンノウンは最終的にティア2と認定された。カズキ曰く、大本営からは上っ面だけの謝罪の後、あの不利な状況で高ティアアンノウンを撃破するとはさすがはティア1ノブナガだと手放しの賞賛があったらしい。
とはいえ、ノブナガは損傷が激しく、急ピッチで修復が進んでいるがまだ二、三日はかかるだろう。
カズハもしばらくは安静にするよう軍医から診断されている。今回の出撃では手痛い損傷を受けてしまった。
「もう一度言うね。私は暇なんだよ」
「カズハ、暇なのはわかるが、起き上がってていいのか? 安静にと軍医から言われているのだから横になっていたらどうだろうか」
そう言うアヤトは視線を枕元に備え付けてる収納ボックスへと目を向ける。積み上げられたら娯楽映画のデータが入ってるディスク状の記録媒体。充電ケーブルに刺さったポータブルゲーム機。枕の横にはそれなりに大きいクマのぬいぐるみが置かれている。
誰がどう見ても病室を私室化してるとしか思えない。
この状況に突っ込んだら行けない。アヤトの本能がそう警告を出していた。しかし恐れを知らない勇者が無謀にも切り込む。
「なぁカズハ、もう少し病室を片付けたら? 一泊しただけでここまで荒らすのはカズハくらいだぞ。ほらカズキさんが持ってきた花だって萎れてるぜ。って、おいおい葉桜元帥からの見舞いの花も萎れてるぞ!」
「ヒロ君。私はお花を貰うより、お菓子やジュースの方がいいんだよ」
「言いたいことは理解できなくもないが、さすがに元帥から頂いた花だけはちゃんとしとけって」
一兵士が組織のトップから見舞いの花を贈られることなんてまずありえない。いかにティア1という肩書きが他の兵士に比べて優遇されているかがわかる事例だ。
そんなお偉いさんからの見舞いの花をぞんざいに扱うのはさすがにまずいとカズハ本人よりもヒロが焦る。
「まさか閣下が直々にいらっしゃったのか?」
「いえ、父の代わりに私が持ってまいりました。小鳥遊大尉」
アヤトの質問には病室のドアの方向から返事が来る。短く切り揃えた黒髪。眼鏡越しの凛とした瞳。歳はカズハと同じくらいの少女だ。手には売店のビニール袋を持っている。
「あ、ミスズちゃんおかえりなさい。お使いありがとう」
「ただいま戻りました。どうぞメロンソーダとシュークリームです。すみません第三支部の売店の場所がすんなり分からなくて遅くなってしまいました」
そう言うと少女は室内のテーブルの上に買って来たものを出して行く。カズハにメロンソーダとシュークリームを手渡し、アヤトとヒロにブラックコーヒーを差し出す。
「久しぶりだな葉桜中尉。どうやらカズハがわがままを言ったようで申し訳ない」
「本当に久しぶり。俺たちの分までありがとうねミスズちゃん」
「ご無沙汰しております。小鳥遊大尉、富士中尉。それと大尉、公の場ではないので名前で呼んでくださると嬉しいです。私事なのですが肩書きで呼ばれると父の威を借るようで少し苦手で。なのでぜひ下の名前で呼んで頂けると嬉しいです」
「あー、葉桜、さんは大本営からの帰りかなにかか?」
「いえいえ違いますよアヤトさん。本日より一週間、ノブナガが戦線から一時離脱中は私達第八支部『ヤマト』と第四支部がアヤトさん達第三支部の担当区域をカバーさせて頂くことになりまして、今日は三波司令と軽い打ち合わせをしに参りました。それと私のことはミスズと呼んでください」
「え、第八って広島だろ? 有事の際に中部までカバーするの物理的に厳しいんじゃないか?」
「それについては解決策があるんです富士さん。実は今回、私達第八支部は第三支部カバー任務の他にゴーレムの長距離高速輸送機『ヤタガラス』の試験運用を任されていまして。さすがに高ティアが出現した時や緊急性を要する場合はユキムラが対応するでしょうが、緊急性の低いティア帯のアンノウンでしたら私達が広島から駆けつける手筈になってます」
日本国軍のティア1ゴーレムは今現在ノブナガしかいない。そのためティア1相当のアンノウンが第三支部から遠方で出現した場合の対応がかねてからの懸念事項だった。
今現在。日本国内でティア1アンノウンが出現した記録はアヤト達が過去に討伐した三体しか存在しないが、これから先はどうなるかわからない。
今回のノブナガの一週間の戦線離脱。先日の第四支部所属のゴーレムアシガル敗北及びコア魔法士のKIAを受けて、大本営は運用計画としてはまだ先のことであったゴーレム長距離高速輸送機ヤタガラスの試験運用の前倒しを決めたのだ。
ミスズがヘッドコアを務めるゴーレム『ヤマト』は遠距離からの正確無比な狙撃を得意とするティア2ゴーレムだ。同ティア帯では頭ひとつ飛び抜けた戦果を挙げており、ティア1も近いと噂されている。
元々その戦闘スタイルから担当区域も広く。今回試験運用の対象としてヤマトほどうってつけのゴーレムはいないだろう。
「と言うわけなのでアヤトさん。一週間という短い期間なのですが、私にお任せくださいませ。この機会にぜひ日頃の疲れを癒やしてください。そうだ、もしよければ私がマッサージして差し上げますよ」
ミスズはそうアヤトに言い寄る。身長差があるためミスズがアヤトを見上げる形になるが、整った顔つきのミスズの顔をマジマジと見ることが出来ず、アヤトは視線は逸らす。
「むぅ。ミスズちゃん。ちょっと近いよ。もう少しアヤト君から離れて」
その言葉を聞いて悪戯を思いついた子供のようにミスズは微笑み。アヤトの腰に手を回して密着する。まるで彼氏に甘える彼女のようだ。アヤトは目を見開いたまま石像のように固まる。
「あらカズハさん。嫉妬ですか? あまりカリカリすると体に障りますよ」
挑発的な視線をカズハに向けるミスズ。売られた喧嘩は基本的に買う主義のカズハは更にヒートアップする。
「むきーーー! いい度胸だよミスズちゃん。とにかくアヤト君から離れてよ。羨ましい! じゃなくて、アヤト君が固まって迷惑してるよ!」
「私がくっつくと迷惑でしょうか? アヤトさん」
脳の演算処理が追いつかずフリーズしているアヤト。そんなアヤトに助け舟を出したのは、飛び火しないように空気に徹していたヒロではなく無機質な電子音だった。
電子音の発信源はミスズの携帯端末だった。場所が場所のためすぐに音を消したミスズ。そのまま端末を一瞥すると不服そうにアヤトから離れる。
「残念ながらそろそろ基地に帰投する時間なので失礼させて頂きます。では富士さんお騒がせをいたしました。カズハさんはご自愛くださいね。最後にアヤトさん」
ミスズは背伸びをしてアヤトの耳元ギリギリへと口を近づける。ミスズの吐息がアヤトの耳をくすぐる距離だ。
「今度は二人きりで会えたら嬉しいです。アヤト様」
アヤトにしか聞こえなかったため、カズハとヒロにはまるで頬にキスをしているように見える。それではと頭をペコリと下げミスズは病室を後にする。
「私の目の前で、き、キスなんて。なんて事してくれるの。わ、私が今すぐ上書きしてあげるから、アヤト君はヒロ君にキスして」
「お、落ち着けカズハ。驚いたのはわかるけど言ってること支離滅裂だぞ!! アヤトもいい加減に戻ってこい!!」
第三支部のヘリポートではカズキがミスズを見送っていた。
「騒がしい連中ですまないな、葉桜中尉。それとわざわざ花をありがとう。お父上にも改めて謝辞を伝えておいてくれると助かる」
「いえ、こちらこそご多忙の中わざわざご対応ありがとうございました三波中佐。見送りまで本当にありがとうございます。父には私から必ず。では失礼致します」
敬礼を交わし、ヘリコプターへと乗り込むミスズ。ほうっとため息を漏らす。気付いたらヘリコプターはもうすでに結構な高さまで上昇していた。
「いけないわ。ぼーっとするなんて、お父様に叱られてしまうわ」
視線を第三支部に落とすと丁度医療棟が目に入る。ミスズは凛とした目を細める。切れ味の鋭いナイフのような目つきはおよそ少女がしていい目つきではない。
「三波カズハ。富士ヒロ。あの無能な二人はアヤト様のサイドコアに相応しくない。まぁいいわ。お父様の根回しもある。アヤト様のとなりに最後に立っているのはこの私だもの」
アヤトの事を思うと胸が締め付けられるように痛む。体が熱を帯びる。
「中尉、いかがなさいましたか?」
「いえ、なんでもないです。帰投を急いでください」
ヘリコプターの窓ガラスに写るミスズの顔は恐ろしいほど妖艶な顔つきをしていた。




