EPノブナガ3『ある男が遺した記録』
薄暗い廊下に少し開かれたドアから明かりがこぼれ、一筋の細い線を作っていた。隙間からなにやら物音が聞こえる。部屋の中で誰かが作業をしているようだ。
緊急出動にドタバタとした一日も終わりに近づいており、もう間もなく部屋の壁掛け時計は二十二時を指そうとしている。
ドアの先は基地のブリーフィングルーム。プロジェクターが設置されているこの部屋は過去の作戦映像を振り返るにはもってこいの場所のため、アヤト達もよくここで反省会なるものをおこなっている。事実さきほどまではアヤト達三人はこの部屋でああでもないこうでもないと頭を捻らせて報告書を作っていた。
出撃してアンノウンを一体討伐するよりも、その後の報告書一枚書き上げることのほうが何倍も面倒で、苦痛で、難易度が高いというのはアヤトの談だ。
現在この部屋の中にいるのはアヤト達ではなく三波カズキだった。ヘッドコアのアヤトからようやく書き終わったとの報告を受けて書類を受け取りその出来を確認している。時間が掛かりすぎているのは毎度のことなのでもう慣れた。記入漏れやその他の不備がないことを確認したのち、疲労を感じさせる少しよろよろとした足取りでプロジェクター投影の準備をする。そして部屋の電気を消してある映像を見始めた。
スピーカーからはところどころひび割れたような音が消える。ザーッザーッと耳障りなノイズもある事から娯楽映像の類ではないことが伺える。
映像の付随資料だろうか。カズキが座る椅子の横にA4サイズの少し汚れた茶封筒が置かれている。宛名は書いてない。ただ黒い文字で『第一次ゴーレム起動実験』と書かれていた。
映像にはノブナガに比べたらひどく簡素で不恰好なゴーレムが映っている。まるで傷を負った動物が唸る声のような駆動音を上げており、端に映っている作業服を着た男たちは慌てふためている。男たちは何か叫んでいるが聞き取れない。
「サイドコアの死はゴーレムの暴走につながるのか」
突如はっきりとした男の声が聞こえる。ゴーレムを映していた映像がぐるりと視点を変え、男の顔を映す。今までの映像はこの男がハンディカメラで録画していたのだろう。男は自身の顔を映しながら早口で話し始める。
「私は源道寺だ。この場所でゴーレムの起動実験を指揮している。先程深刻なトラブルが起きた。詳細データをとる事が難しいため記録映像を残す」
無精髭と目の下のクマが目立つ男だ。歳は50歳前後だろう。老人という訳でもないが、骨張った顔つきと白髪が目立つ髪からもう若くはないことが想像できる。
「本日サイドコアの一人が自己申告として重度の頭痛を訴えていた。搭乗前の診断でも脳波の乱れと発熱を確認したが、体調不良時のシンクロ率を測るいい機会だと思い起動実験を強行した。頭痛の原因は恐らく連日のゴーレム搭乗による脳への過負荷が原因だと思われる」
再びゴーレムへとカメラを向けると爆発音が響く。音の先はゴーレムの胸部装甲に当たる位置。ここには動力となる核動力炉が埋め込まれている。
「聞こえたかね今の爆発音。暴走なんて生易しいものじゃないな。私の予想が正しければあのゴーレムは核爆発を起こす」
源道寺は自身のそばに置いてあった電子機器のモニターを映す。モニターには3人分のバイタルと時間に比例して更新されるグラフのようなものが映しだされていた。
「見たまえ。先程のことだが例の体調不良のサイドコアが意識不明に陥り、その後心肺停止。その途端に魔力制御の推移を視覚化する装置が異常なまでの魔力の乱れを検知した。おそらくこの急激な魔力の乱れが動力炉暴走のトリガーだ。まぁ、すぐにドカンと行かないのは魔力エネルギーと核エネルギーがお互いを抑えあっているからだろう。だが次第に魔力は衰え、パワーに勝る核エネルギーが爆発を起こすだろう」
淡々と話す源道寺。ゴーレムへ再びカメラを向ける。機体の関節部からは炎が立ち上る。大小さまざまな爆発音が聞こえ、人の声は源道寺以外一切が聞こえない。
「元々核で産まれる莫大なエネルギーを魔力で無理やり制御してゴーレムの駆動に充てるコンセプトの設計だ。魔力の乱れがエネルギーの暴走を引き起こすのは何ら不可思議な話ではない」
ゴーレムの悲鳴はいよいよ臨界点に到達する。人の耳には耐えられない轟音が源道寺の三半規管を襲う。片膝をつくようにその場に倒れこんだ。
「全員の避難は完了したのだろうか。なんにせよここが沖合の海上につくられた施設なのが幸いだね。ここなら核爆発が起きても被害はこの施設だけで済みそうだよ。さてそろそろこのカメラも対衝撃ケースにでも入れて海に投げなければ。誰かが拾ってくれることを祈るしかないね」
源道寺は再び自身の顔を映す。そしてカメラに向かってゆっくりと話し始めた。
「ここで起きた事故の一切の責任は私にある。願わくば私の妻と息子を殺人犯の身内として社会の断頭台へ叩き上げることなどないようにして欲しい」
最後に、と源道寺は諭すような声色でカメラに向かって話し始めた。
「ヨウスケ、お前と顔を合わせて話しをしなかったのはお前を煙たく思っていたからではない。愛する息子の才能を凡愚な私が潰してしまう。それだけが恐ろしかったのだ。父さんは誰よりもお前のことを愛している。父として最後にお前に言えること。お前はただ自分の好きな道を歩みなさい」
この轟音の中だ。マイクが自分を音声を拾ってくれるのだろうか。しかし拾えていなかったらそれはそれで都合がいい。源道寺はそんな事を考えていた。ゆっくりとカメラの録画を停止する。
映像はここで終わった。カズキはこめかみを揉みながら深呼吸をする。何度観ても慣れはしない。
実の所。この映像を見るのは初めてではなく、カズキはこの映像を数えるのが馬鹿らしくなるくらい見ている。それこそ源道寺の放つ言葉の一言一句を覚えているほどに。
ノブナガが出撃した日は自身の気を引き締める為にこの映像を見るのがカズキのルーティンワークになっていた。勝って兜の緒を締めよ。カズキは勝利と敗北は常に紙一重である事を理解していた。
明日はアンノウンは来るのだろうか。映像を見終わると、毎回考えてしまう。そうしてこうも考える。
――俺はカズハとヒロを殺せるのだろうか。
もしもノブナガ稼働中に何らかの事故が起きたら。戦闘によるダメージでカズハかヒロのどちらかが死亡したら。司令官という立場である以上、最悪のケースに備えなくてはならない。
「俺がそこを代わってやれたらいいのだがな」
そんな事出来るはずがない。なんて馬鹿なこと言っているんだ。自分は少し疲れている。そう思ったカズキは立ち上がり慣れた手つきで手早く後片付けをする。
そして電気を消して部屋から出て行った。