EPノブナガ17『完璧な囮』
カズハはアヤトに詰め寄る。その鬼気迫る表情に、さすがのアヤトも湯呑みを落としそうになる。
「一人の人を愛せないなんて。それは男じゃないよアヤト君!!」
「た、大尉は浮気癖があるのですか?!」
サクラコもアヤトに詰め寄るが、もはや話は噛み合っていない。
はたから見たら美少女二人に挟まれて、男しては非常に嬉しいシチュエーションではあるのだが、生憎と状況を飲み込めていないアヤトは目をパチクリとさせるだけ。
結局このバカ騒ぎは何事かと様子を見にきたカズキが場を収集するまで続いた。
「まだ朝だと言うのに、嫌な疲れがあるな……。なぜかはわからないが頭が重い」
「あー、すまんアヤト。見捨てた俺が悪かった」
「すみません大尉。まさか自分も二人がここまでヒートアップするとは思っていなくて」
やってしまったと頬をかくヒロ。そして本当に申し訳なさそうに頭を下げる常盤兄。
心なしか少々顔が青く、げっそりとしているアヤト。
三人はウェットスーツで廊下を進んでいた。
「まぁ、なんだ。お前達は悪くはないさ。これからシュミレーターでの訓練だ。怪我をする恐れある。切り替えていこう」
進む廊下の先には基地内に設けられたゴーレムのシュミレータールームがある。
実際に擬似髄液のなかに沈み、シンクロをして、まるで本当にゴーレムに搭乗しているかのようにリアルな訓練が出来るこのシュミレーターは、教育課程ではほぼ毎日カリキュラムとして取り組まれている大事な訓練だ。
一昔前は、この技術はVR等とよばれ、物珍しいものだったらしい。
だが今の時代では、ある程度の袋小路にまで発達した技術となっており、実際に痛みや怪我もフィードバック出来るほどに再現性が高い作りとなっている。
今日はカズキの監督の元、ノブナガとアシガルのゴーレムによる組手を行う手筈となっていた。
シュミレータールームには擬似髄液に満たされた水槽が六機と、それぞれのゴーレムの視点映像を映す大きめモニターが一枚ずつ。そして中央には俯瞰した映像を映すモニターが一枚設置されている。
「よし、揃ったな。では訓練概要を説明する。本日はノブナガとアシガルの戦闘訓練を行う。武器の携行はなし。フィードバック値は一〇〇パーセント。固有魔法の使用は可。打撲や捻挫。最悪骨折も覚悟しておけ。アシガルはノブナガに胸を借りるつもりで全力でぶつかるように」
両チームとも慣れた動きでシンクロをしてシュミレーター上でゴーレムを起動させる。
そしてそれぞれの視点映像には相手のゴーレムが映され。俯瞰映像には両機が向かい合うように表示された。
「開始のタイミングはお前達に任せる。もう一度言うがフィードバック値は一〇〇パーセントだからな。訓練だから、シュミレーションだからなどと気を抜かないように」
『ノブナガ了解』
『アシガル了解』
視線の先に立つアシガルに対してアヤトが感じた第一印象は『隙がない』だった。
ただ構えているだけなのに全く隙がない。
――なるほど、近接戦闘によほど自信があるらしいな。
ゴーレムでアンノウンを討伐する場合。推奨されるのは近接攻撃による一撃だが、やはり『敵に近づく』という恐怖心は否が応でものしかかってくるものだ。
そのため多くのゴーレム部隊の戦術としては重火器で牽制しつつ、アンノウンの体力を削り、弱ったところ、隙を見せたところを近接戦闘に持ち込む。そういった戦術が多く取られている。
アヤト達ノブナガのように近接戦闘一本でアンノウンに対峙するのはよほどな阿呆か、腕に自信のある人間か。アヤトの見立てではサクラコ達は後者だった。
『行きますよ、大尉!!』
先に仕掛けたのはアシガルだった。ご丁寧に行きますと声をかけて攻撃を仕掛けるアシガル。
鈍重な鉄の塊からは想像もつかないほど俊敏な機動でノブナガに襲いかかる。
アシガルは俊敏さを維持したまま跳躍。そのまま槍のように足を突き出した蹴りで信長を狙う。
威力は申し分ない。しかしわざわざ敵前で跳躍するなどという無駄なワンアクションを挟んだ攻撃にノブナガが当たるわけがない。まずは小手調と言ったところだろう。
飛び蹴りを回避したノブナガ。交差する両機。ノブナガは即座に後ろへ振り向き。振り向くという体の軸を回す動作に合わせて回し蹴りを放つ。アシガルはそれを後ろに体を逸らすように回避する。
「随分とハイレベルな戦いですね……」
モニター越しだが、目の前で起きている一進一退の攻防。
カズキとシステムを管理しているオペレーターは食い入るようにそれを見ていた。
「アシガルの方はどうかは知らんが、ノブナガはまだまだ様子見。言い方は悪いが手を抜いているな」
「それは無理もないのでは? 大尉達はティア1でかたやアシガルはティア4ですよ? ノブナガが本気で潰しに行ったら訓練にならないと思います」
素早く、小刻みに繰り出されるアシガルからの攻撃をノブナガは確実に捌いていく。一撃だけわざと攻撃をくらってみたが、アシガルの攻撃は思いの外に軽かった。
体術による一撃の重さは体重の重さによる影響が多い。とくに上半身から繰り出される拳打はそれが顕著だ。
ゆえにノブナガよりも重量の軽いアシガルの攻撃はノブナガにとっては軽い攻撃になってしまう。
「そろそろ、一度重いのを当てるか……」
変わらず、まるでマシンガンのように繰り出されるアシガルの拳打。
そのうちの一発をノブナガは手で受け止める。アシガルの拳を掴んで離さない。それどころか掴んだ拳を引き寄せ、前のめりに転びそうになったアシガルの頭部を目掛けてありったけ力を込めた拳を叩き込んだ。
金属と金属がぶつかった音にしては随分と生々しい音にオペレーターは目を背ける。
アシガルはよろよろと後退りながら片膝をつくことで完全に倒れ込むのを防いでいた。
そこへノブナガが追撃を仕掛ける。地面に置かれたボールを蹴り飛ばすように、アシガルを蹴り飛ばそうと足を振りかぶる。
――しかし、その蹴りはアシガルを通り抜けた。
そしてノブナガの背後をもう一機のアシガルが勢いよく蹴り飛ばす。
ノブナガは地面に勢いよく叩きつけられた。即座に立ち上がり、追撃の手からは逃れることに成功する。
「これが、道守の固有魔法か……」
ノブナガ視点の映像には二機のアシガルが映し出されていた、見た目に相違点は一切なく。はっきり言ってどちらが本物なのかわからない。
「あれが資料にあった、サクラコちゃんの固有魔法。完璧な『囮』だね」
「当たり前だが、魔力によって展開されたもの故に、囮にも魔力反応は見える。一撃。本気で叩き込んだ時も手応えはあった。質量を伴う囮だとすると、正直に言って俺ですらどちらか本物なのか判断がつかない」
カズハが述べたサクラコの固有魔法は、アヤトですら見分けがつかないほど精巧な囮を展開することだ。
「おまけに体術は巧い。囮による誘導もいいタイミングだった。格下とはいえ、これはちょっと面倒かもしれないな」
ヒロの言う通り、サクラコ達は能力を行使しての戦闘に慣れている。
つまるところ、自分のスタイルというものを確立している。これが出来ているゴーレムは強い。
「さて、そろそろカズキさんに怒られるな。こちらも少しあげていこうか……」
ノブナガの両手に煌々とした炎が纏われた。