EPノブナガ15『生きて進み続けろ』
目を覚ましたアヤトの視界に映るのは白い天井だった。見渡すと覚えがある室内の作りにここがどこだか理解する。
「生きているのか……。俺は……」
徐々にはっきりとしていく意識の中。まず思い浮かんだのはヒロとハルユキのことだ。あいつらはどうなった? 無意識に体を起こそうとするが体が思うように動かない。体を駆け抜ける激しい痛みで、籠った声を出す。
「安静にしてなきゃだめよ」
ずっとベッドの隣にいたのだろうか、はだけた掛け布団を直しながらアヤトを諭す女性。
「上条中尉……」
優しく微笑みながらアヤトの頭を撫でる。
「アヤト君の髪って、サラサラなんだね」
そして手を下へ滑らせて、アヤトの頬を引っ張る。先程の激痛に比べたらどうってことはないがそれでもアヤトは痛みを感じた。
「いはいでふ。ひゅうい」
頬を引っ張られているため上手く言葉を吐き出せない。これで彼女に伝わっただろうか? 見上げたアキの顔。その瞳には涙が溜まっていた。
ぽとり、と。雫がアキの目を離れ、アヤトの顔の近くに落ちる。落ちた雫は寝具に一点のしみを作る。
「ばか。本当にばかぁ……。心配したんだからぁ……」
落ちる雫は数を増す。
こういう場合の対処法は教育課程では習わなかったな。と、アヤトは場違いなことを考えていた。
どうすればいいか、自分の考える。何とか動く腕を上げて、アキの頬に添える。そして目尻を拭う。
これで正解なのか、それはわからなかった。
アキは添えられたアヤトの手を、上から自分の手で押さえる。そして涙は流したままだが、ゆっくりと口角を上げる。
「生きていてくれて。よかった……」
その言葉で、アヤトは改めて自分が生きていることを実感する。そして自分がアシガルでしてしまってことをはっきりと思い出す。
「アキさん。ヒロとハルユキは。あいつら二人はどうなったんですか?」
二人が生きているというのはなんとなくはわかっていた。アマテラスに拳を止められてから薄れゆく意識の中でアシガルが停止する感覚を感じていた。
司令室による強制停止ではなく、正規の手順での停止だ。
「生きているよ。一応ね……」
『生きている』という言葉に『一応』という言葉は本来使うものではない。
「ハルユキくんはね。もう、目を覚ますことはないんだって。今は人工呼吸器で何とか生かされているけど」
「……そんな。嘘だ。それは俺のせいなのか? 俺が、無理やり戦ったから? あそこで俺が撤退しなかったから?」
ハルユキの置かれている状況をアキから聞かされたアヤトは見るに耐えないほど稚拙に取り乱す。
そんな彼を哀れに思ったのか、今度はアキがアヤトの頬に手を添える。母が子を落ち着かせるように。
「ちがうわアヤト君。あなたのせいじゃ――」
「――おまえのせいだよ。アヤト」
開いた病室の扉。そこにいたのは看護師に車椅子を押されていたヒロだった。
「ヒロ君。そんな言い方は」
「アキさんは黙っていてくれ! ハルユキは死んだ! こいつがくだらない矜持に妄執したせいだ! カズキさんの言う通り撤退していれば、アマテラスに代わっていれば、ハルユキは死ななかった!」
その勢いに気圧されるアキ。
ヒロ自身、車椅子に座っているとはいえ、起きているだけで相当辛い筈だ、頭はガンガンと痛むだろうし右手と左腕は暫く使い物にならないだろう。
だがそんな事を全て無視してでも、今すぐアヤトに会って言いたかった。
「お前は道具なんかじゃねぇんだよ! いつか死んじまう人間なんだよ!」
アキと看護師が席を外し、病室にはアヤトとヒロの二人きり。
「アヤト、お前が道具なら俺達サイドコアは、ヘッドコアの為の消耗品なのか?」
「ち、ちがう!」
「なら、なんでお前一人で戦っているような顔をするんだ? 俺とハルユキが戦わないで、ただお前に力を委ねているからか?」
ヒロにそう言われて、心臓突き刺すような痛みを感じる。アヤトは何も言えなかった。
「そんなに、俺とハルユキは頼りにならないのかよ。確かにサイドコアは戦闘では何もできないよ。でも俺達もそこで一緒に戦ってるんだよ」
「すまない……」
「俺は、これからもお前と一緒に戦いたい。ヘッドコアに守られるサイドコアなんて、俺は嫌だ。お前ほど上手くは戦えないかもしれない。でも、俺だっていざって時はヘッドコアになってアンノウンに一矢報いてやる覚悟はある」
なんて自分は愚かだったんだ。堰を切って溢れ出す感情は後悔と、こんな自分に対してまだ一緒に戦うって言ってくれる嬉しさ。
「お前一人が背負うことはないんだ。俺も一緒に背負うからさ」
アヤトは涙が止まらない。護るために戦っていたつもりだった。でも本当に護られていたのは自分だった。
「すまん。本当にありがとう。俺も、お前達と一緒に戦いたい」
ヒロに誘われてアヤトが向かったのは草薙ハルユキが眠る病室。自力での移動はまだ難しかったため、アキに車椅子を押してもらった。
室内にはカズキが一人たっていた。
「ヒロに随分と絞られたようだな」
「カズキさん。申し訳ありませんでした。俺のせいで」
「お前が倒したのは当初のティア3とティア2の砲撃型アンノウンだ。おめでとう。お前はこれで晴れてティア3のコア魔法士だ」
ちらりとハルユキに目線を向けるカズキ。ハルユキの体は綺麗なものだった。鬱血の跡も、ボロボロになった腕も。全て綺麗に直されていた。
「カズキ本人の遺言と、御親類の方による同意の元に、現時刻をもって草薙ハルユキの人工呼吸器を停止する。アヤト、お前がもし何か思うことがあるならそれも全てヒロと背負え。そしてそれから逃げずに進め。茨の道でも、死んだ方が楽だと思っても――」
カズキはハルユキの人工呼吸器を停止した。
「――生きて進み続けろ」




