EPノブナガ14『喰らう幽鬼』
『十二時の方角! 高熱源反応!』
数キロ離れた地点へとアシガルは顔を向ける。そこにいたのは情報にはなかったアンノウン。
熱光線を充填しており。アシガルに向かって放とうとしていた。
遠目ではっきりと断定はできないが、先程まで戦っていたアンノウンに比べて体躯も大きい。
「アヤト!」
自分の名前を叫ぶハルユキの声で我にかえる。あの光線を回避しなければ、そう思い機体を動かそうとした。しかし下半身を何かに掴まれ動けない。
「こいつ生きていたのか!」
倒した筈のアンノウンがしぶとくアシガルの足にしがみつく。放たれる熱光線はつんざくような音を放ちながらただ一直線にアシガルを狙う。
咄嗟にアシガルは左腕を前に出し、魔防壁を展開した。
熱光線と魔防壁がぶつかり、あたりを強烈な閃光が包む。少し遅れて、この世にあるものでは起こせないような爆発音が轟く。
随伴していたヘリコプターからの映像には画面いっぱいの眩い白色が映され。司令室にいる人間はその眩しさに目を逸らす。
白い画面から回復した映像が映すのは、大きく後ろに弾き飛ばされたアシガルの姿。アシガルは左腕を肩より下の大部分を失っていた――。
鳴り止まないアラート音が司令室に響く。
一つはアシガルの機体の損傷を。もう一つはコア魔法士の生命活動の異常を。
スピーカーが壊れてしまうのではと思ってしまうほどの爆発音は耳鳴りを発生させる。
耳鳴りと重なるアラート音が司令室を混沌へと突き落とす。
あるオペレーターは担当するPCと正面モニターと交互に見るが、何をしていいのかわかっていない。こういう時のマニュアルは読んでいる筈。しかし体が動かない。
『くそがああああああああ!!』
一瞬でも油断すれば、焼けるような熱さと痛みで意識がどこか別次元への飛ばされそうな感覚をアヤトは感じていた。
痛い。熱い。もう無理だ。そんな考えが、目障りな小蝿のようにまとわりつく。
だが飛ばしてはいけない。その一心と、思い通りに体が動かない悔しさでアヤトは吠えた。
普段は冷静沈着な彼からは想像がつかない声色。
だがアヤトの雄叫びが、ただ呆然と映像を見ているだけの傍観者達をやるべき事をしなければならない当事者へと強制的に引きずり戻す。
アヤト達三人のバイタルと脳波をモニタリングしていたオペレーターは自分の仕事を思い出したかのようにカズキに報告をする。
「……く、草薙サイドコアのシグナルが消失! バイタル、脳波。共に確認できません!」
「電気ショックを与えろ! シグナルを呼び戻せ! アマテラス緊急出撃だ。コア魔法士は可及的速やかに搭乗しろ!」
無言でドームへと走っていくアマテラスの三人。アマテラスは暖気運転モードで待機していた為、起動は容易だ。しかしどんなに急いだとしても起動まで十分近くはかかる。
――アンノウンは再び熱光線を充填し始める。
アシガルは脚へとしがみつくアンノウンの頭部を憎悪のように滾った炎を纏う右手で掴む。
「死ねやああああああ!」
頭部が燃え盛ってもなお、離れようとしないアンノウン。
アシガルはギギギと不穏な駆動音を辺りに響かせる。そしてバキンっと音を立てて右手が崩壊したと同時にアンノウンの頭部を握り潰す。
『やめろアヤト! 無茶をするな! 後退するんだ。早くその場から逃げるんだ!』
――だがカズキの声は届かない。
アヤトは怒りで我を忘れていた。その怒りの矛先はただ一つ、あの熱光線を放ったアンノウンだ。アヤトの怒りに呼応するように。動力源である核融合炉が唸り、音は徐々に大きくなっていく。
「あいつは、絶対に殺す!」
崩壊した筈の右手と消し飛んだ左腕を真紅の魔力が覆う。まるで粘土のように魔力は形を成し、右手と左腕になる
「草薙サイドコアのシグナルを捕捉! 微弱ですが、反応あります! 彼は生きてます! 富士サイドコアも反応あります」
「三人のシンクロ率が九十五パーセントを超えています! また上がりました! 現在九十六パーセント。シンクロ率と反比例するように草薙、富士両名のシグナルが徐々に弱まっていきます!」
上がるシンクロ率と弱くなる生命反応。カズキはある確信に近い推測を立てる。
「アヤトが、二人を喰らっているのか……」
アシガルは可視化されるほどに濃密な真紅の魔力を機体から垂れ流していた。どろりどろりと破損した部位からこぼれ出る魔力はまるで人体の血液のようだ。
魔力で形成した義手でカゲウチを強く握り、アシガルは脚を引き摺るように歩き始める。ひどく不恰好で無様な進撃だが、まるで幽鬼のように身の毛がよだつほどの殺意をばらまいていた。
アンノウンはその殺気に怯んだのか、充填していた熱光線を中途半端なまま放つ。先程の光線よりも幾分かは細い光線だがそれでも十分な殺傷力を誇る。
放たれた一撃をアシガルはカゲウチで切り裂く。
光線はアシガルの後方、左右に別れて地面を抉る。
三度、充填を開始するアンノウン。そのアンノウンに向かって、カゲウチを構えてアシガルは駆け出した。
まるで痛いと泣き叫ぶかのように、アシガルは金属と金属が擦れるような不快な音を響かせる。溢れる魔力も量を増す。
『やめろアヤト! もうやめてくれ!』
「うるさい!」
今度は耳に届いたカズキの叫びをアヤトは一蹴する。
「俺達が殺さなきゃダメなんだろ! お前らがそうしろって教えたんだろ! 俺達はただアンノウンを殺すための道具なんだろおおおお!」
アンノウンとアシガル間の距離は数百メートル。アシガルは刀を上段から振り下ろしながら踏み込み、アンノウンは熱光線を放つ。
一撃目同様、限界まで溜められてから放たれた一撃は、その圧倒的な破壊力を持ってアシガルを完全に終わらせようとする。
その熱光線を先程同様切り裂こうと刀を振り抜く。
怒りに身を任せたアヤトとアシガルの振るう刀はまさに凶刃。その悍ましい凶刃は黒い炎を刀身に宿し、放たれた光線を切り裂く。炎はそのままアンノウン自身へと襲いかかる。
炎に包まれ苦痛に嘶くアンノウンを、アシガルは蹴り倒し、馬乗りになる。そしてその拳で頭部を殴る。
「死ね……死ね……死ねええ」
ただひたすらアンノウンの頭部を殴るアシガル。殴るたびにアンノウンの体液がぐちゃぐちゃと音を立てて飛び散る。
どれほど殴っただろうか。バキンと硬いもの割れるような音が一度。そしてアンノウンは完全に絶命していた。
『ゆ、融解反応を確認しました。小鳥遊ヘッドコア。融解までおよそ五分です』
恐る恐ると通達をするオペレーターを無視して、ただ無心になってアンノウンを殴る。
アンノウンが融解しても尚、地面をただひたすら殴る。
『――いい加減になさい。アヤト君』
何度目かもうわからない振り上げた拳をアマテラスが止める。
ゆっくりと力が抜けるように拳を降ろすアシガル。
そしてそのまま張り詰めていたものがプツンと切れるように、アシガルは大地へと倒れ込んだ。




