EPノブナガ13『インビジブル』
『こちらアシガル小鳥遊。アンノウンの侵攻コース上に到達。もう一度広域スキャンを要請する』
アヤトからの要請を受けて、カズキはすぐにレーダー棟のオペレーターにスキャニングするように命令をだす。
第三支部レーダー棟の超高性能レーダーが音を立てて動く。しかし機械が返すのはノーシグナルという文字。
「最初に確認された地点から一番近い市街地へと向かうコースでアンノウンが侵攻したと仮定したら、今アシガルがいる地点がちょうど第三支部から最短距離で進んだ場合のコースと交わる位置。けどまぁ、案の定見つかるわけないわよね」
まるで自分がその場にいるかのように、上条アキは落ち着いて分析をする。
アシガルを俯瞰で追いかける戦略ヘリコプターが撮影する映像でも周囲にアンノウンは映っていない。
「当然だ。侵攻コースそのものがあくまで予測。コースを変えたり、速度を早めたらその予測は無意味になる。それに今回のアンノウンは追えない」
「てかさ。固有魔法だかなんだか知らないけど、体も魔力反応も隠しちゃうってマジチートじゃない? あの子達、やばい感じかもよ」
ただ淡々と思っていることを述べるサイドコア二人。彼らティア2にとって、ティア3アンノウンは倒せて当然の相手だ。
しかし彼ら第三アシガル機隊にとっては初のティア3。おまけにアヤトの固有魔法は索敵系統ではない。
手詰まり。今の状況はまさにそれだった。
「近隣市街地住民の避難完了しました」
「さてさて、近隣だけでいいのかしらね。どこにいるかわからない。どこへ向かっているのかわからない。なら、狙うのは近隣だけとは限らない」
跳ねるような物言い。アキの言葉は少し軽やかだった。
この状況を楽しんでいるのだろうか。だが三波カズキはまるで揶揄われているかのような不快感を彼女に感じ、少々面白くない。
「上条中尉。随分と今日はよく喋るな。そんなに喋りたいなら是非ともティア2ヘッドコアの視点でこの状況の打開策をご教授頂きたいものだ」
「嫌ですね三波少佐。私の発言が不謹慎だとでも言いたいのですか? 昂りは認めますが、それも彼らがどうこの状況を打開するかワクワクしてしまうからで――」
「アンノウン反応! アシガルの背後です!」
膠着した事態が一気に動き出す。
敵は見えないが、敵からは見えている。ピリピリと肌が強張る感覚をアヤトはアシガル越しにずっと感じていた。
近くにアンノウンはいる――。
証拠も理由もない。ただ不思議と確信があった。『そんなバカな』で一蹴されるかもしれないが、アヤトは確かにアンノウンから放たれている殺気を感じ取っていた。
背後――。 濃密でドロリとした寒気が襲う。考えるより先に体が動いていた。アシガルはただ前へと転がり込む。
先程までアシガルが立っていた位置を目掛けてアンノウンは飛びかかるが、その攻撃は回避された事で不発に終わる。アンノウンは自身の完璧な奇襲を避けられた事を不審に思ったのか。追撃はしてこない。
「全く気づかなかった。よく避けられたなアヤト」
アヤトとシンクロしている為、ヒロもアヤトの感覚を共有できるが、アヤトほど鋭敏ではない。
アヤト同様に感じていた肌の強張りも、所謂戦場特有の緊張感だと思っていた。
アシガルは携帯していた対アンノウン用ゴーレム刀『カゲウチ』を抜刀する。ゆっくりと目と胸と真ん中へと、正眼へと構える。
「アヤト、どうする? この辺りは開けた場所だ。また姿を消されて奇襲されたら次も回避できるかわからないぞ」
ハルユキの言う通り。辺りには背を任せられる地形や遮蔽物はない。ハルユキの悪い予想が当たり、アンノウンは再び姿を眩ませる。
「……。また隠れたか」
しかしアヤトは正眼の構えを崩さない。
「アヤト。追えるか?」
「なんとなく、だがな。消え去る訳ではなく、ただ不可視になるだけ。確かにそこに存在している限り――」
アシガルは向きを急に変えて、真横を斬り払う。
映像越しだと、何もない空中を斬りつけているように見える。だが振り抜いた刀の軌道をなぞるように血飛沫が走る。
「――こうして斬ることは可能だ」
なにもないと思われていた場所へと腹部に深い傷を負ったアンノウンが姿を現す。
アシガルが与えた一撃による傷のせいで透明になる能力が使えなくなったのか、体の一部分が透明になりかけたり戻ったりしている。
手負いの獣は存外しぶといとよく言われるが、アンノウンも手負いの獣よろしく。恐ろしくけたたましい鳴き声をあげ、まさに無我夢中といった様子でアシガルへと向かってくる。
アシガルはそれを引きつけ一閃。アシガルとアンノウンが交差する。一拍ほどの間を置いて、先程とは比べ物にならないほどの血飛沫があたりに飛び散る。そして膝から力が抜けるようにアンノウンは地面へと倒れ込む。
「……アキちん。説明よろ」
「俺からも是非頼む」
サイドコア二人は何が起きたのかわからないといった表情だ。突然地面を転がりアンノウンの攻撃を回避したと思ったら、まるで決められていたシナリオのようにいとも簡単にアンノウンを切り捨てたアシガル。
「私もわからないわよ。彼、なんでアンノウンがそこにいるってわかったのよ……」
アキとしてはその場にいないからわからない、というわけではなく。本当にアシガルが、小鳥遊アヤトが何をしたのか。何が起こったのか理解出来なかった。
もし自分があのアンノウンと戦うならば、まずはジャマーフレアでもたいて、挑発し攻撃を誘発。一発目は魔防壁を展開して甘んじて攻撃を受ける。
あとは自分が得意とする技。魔防壁を多数展開し無差別に上から叩きつける自称『土竜叩き』でも食らわせてやる。そんなふうにアキは考えていた。
アシガルがまったく同じような戦術を取るとは思ってもいなかった。
だがアンノウンの姿が見えない以上、攻撃の誘発なり、事態を進展させるきっかけを作る必要があると思っていた。
アヤトの行動はまさにアキの予想の斜め上だった。
どれだけ戦闘経験を積めばあのアンノウンの攻撃に気付けるだろうか。
どれだけの才覚があれば、まるで作り話や伝承に出てくる心眼を持つ侍のように、見えない敵を切り捨てる事が出来るのだろうか。
「私達なんて、彼の足元にも及ばないわね……」
自信の喪失と表現するには生ぬるい。圧倒的な才能を前に叩き潰される凡人のそれ。
上条アキも決して非才というわけではない。むしろその逆。魔力量は一般的なコア魔法士を遥かに凌ぎ、ゴーレムを操る技術も上々。
その上で努力も欠かさない模範的なコア魔法士で、彼女達ならティア1も狙えるのでは? と噂されているほどだ。
だがそんな彼女をもってしても、今目の前で起きた戦闘を見せられるとコア魔法士としての持って生まれた物の違いをひしひしと感じる。
「頼もしいけどさ。でも自信、なくしちゃうなぁ……」
「アキちん……」
寂しそうな目をしてモニターを見つめるヘッドコアをサイドコアは同じく寂しそうな目で見ていた。
「待て。融解反応はまだなのか?」
別のサイドコアの一言。その場にいた全員がある違和感を感じる。
討伐したのに、魔力反応が消えず、融解反応が始まっていない。
「アシガルより十二時の方向!! 高熱源反応!! 真っ直ぐアシガルへと向かっていきます!!」