EPノブナガ10『道具』
「気は進まないが、中嶋に話を聞こうと思う。今は少しでも道守サクラコのという人間の情報が欲しい」
「アヤト。お前中嶋のこと嫌いだろ? アイツと話せるのか?」
「嫌いなのはあの風貌と性格だ。まがいなりにも奴はティア2ユキムラのヘッドコアだ。軍人としての観察眼は評価している」
マサミチが医務室に運ばれた事で今回はお開きとなり、送り届けたヒロとカズハが戻ってくる。二人が戻ってきてアヤトがまず二人に話したのはやはり道守サクラコについてだった。
質問と称してわざと圧をかけた時のサクラコの対応。
ヒロとマサミチが組手をしている時、二人を見るサクラコの目。そしてマサミチが運ばれた後のあの言動。
――道守サクラコは自分で考えることを放棄した道具かもしれない。
「どんなに能力が高かろうが、道具にしかなれない奴は、肝心な時に取り返しのつかない事を起こす」
「そう言えばサクラコちゃん。あの兄妹と普段どんな話をするんだろう。なんか、人間らしさ要素がちょっと希薄だよね」
「とにかく、少しでも情報を集める。本当に気は進まないがな……」
『どもどもっす。パイセン達おひさー。こちら中嶋ガイア中尉っす』
テレビ電話の向こう、映るその男は髪の生え際は黒、毛先は金髪と俗に言うプリン頭をしており、耳にはピアスがついている。顔は整ってはいるが、軟派な雰囲気を醸し出す。ようはチャラ男だった。
そんな中嶋ガイアを目を細め、こめかみに皺を寄せて見るアヤト。中嶋ガイアというぶっ飛んだ名前も含めて。端的にいうとアヤトはこの男が苦手だった。
『なになに? なんすか、アヤトパイセン。風呂場の排水溝に絡まる髪の毛を見るような目をしてぇ。呼んだのパイセンじゃないっすかー』
「いや、すまん中嶋。本能がお前を毛嫌いしてしまって。俺はおそらく細胞レベルで貴様が嫌いなんだろう」
『パイセン相変わらず辛辣じゃん! もう俺ちゃんぷんぷんですよ!』
「ガイア君久しぶり。アヤト君が話したくないらしいから私から呼び出した理由を説明するね。実は以前までガイア君のところでサイドコアをしていた道守サクラコちゃんのことなんだけど」
『カズハパイセン何度も言ってるじゃないっすか。『ガイア君』って言葉にするとなんか『害悪』って聞こえるから、中嶋かナカジーって呼んでくださいって。つか、カズハパイセン相変わらずちっちゃ可愛くね? 今度デートしてくださいよー』
「ヒロくーん、私もやっぱりこいつ嫌いだから、ヒロ君が相手してよー」
「カズハ構わんから、テレビ電話を切ってしまえ」
「ちょ、馬鹿かお前ら、事態が進展しねぇだろ。悪いガイア。本当にうちの奴らはお前のことが嫌いらしくて、俺が代わりに話すからさ」
『さらっとそういうヒロパイセンも酷いっすよ。まぁパイセン達の俺ちゃんへの扱いはいつものことなんでスルーしますけど、そんなパイセン達が連絡してくるって事はよっぽどの事なんすね。んで、サクラコちゃんの話っすよね。覚えてますよ。今は第三アシガル機隊に編属されてるんですよね?』
「そうそう。んでさ、どんな情報でもいいからなんか知らない? うちのヘッドコアがまるで道具みたいだ―とか言って気にしちゃってさ。てかなんでまたユキムラのサイドコアになったの?」
『いやあ、実はサイドコアの一人が薬をキメちゃいまして。それで除隊になったそのサイドコアの代わりって感じです』
アンノウンと戦うことに恐怖を感じるコア魔法士は少なくない。そんな彼ら彼女らのメンタルケアのために軍では遊戯室を設置したり、カウンセラーを基地に常駐させたりとあらゆる手段を用いている。
そんなメンタルケア最終手段が投薬による疑似高揚感の創造だ。
死への恐怖を薬により高揚感へと上書きする。
正直な話、質の悪い麻薬と大差はない。ただ軍ではこれも必要悪として二名以上の軍医が投薬の場に立ち合うことを条件に投薬セラピーと称して許可をしていた。
『そいつ明るくて、マジでいいやつだったんす。俺のノリにも嫌な顔せず返してくれて。ただ出撃のたびにそいつが嫌だと泣き喚くようになってから作戦行動に遅れが生じるようになって。それを気に病んだのか、基地でも塞ぎ込みがちになって。見かねた指令が投薬セラピーを進めたんすよ』
「それでハマったか」
『アヤトパイセンのいう通り。どっぷりハマっちまって。投薬セラピーを控えるようにと命令した矢先に、軍医の目を盗んでこっそりオーバードーズっす』
「んで、そいつの代わりに配属されたと。んじゃあ、まぁ配属された理由はわかったけど、なんでまた急にヘッドコアに戻りたいなんて言い出したのさ」
『いやぁサーセン。ヘッドコアとしてコミュニケーション取ろうとは努力したんすけど。なにぶん緊急出撃以外の彼女の行動パターンがわからなくて。ぶっちゃけ俺ちゃんもこれ以上は何もわからないっす』
「そう、だよな。悪いなそっちもいろいろ忙しいのに。わざわざ時間作らせて悪かったな」
『いえ、いいんすよヒロさん。それよりこっちも一つ訊いてもいいすか。アヤトパイセンはまたなんでそんなにサクラコちゃんのこと気になるんですか。惚れました?』
「くだらない。話はもう終わりだ切る――」
『草薙さんを殺してしまった自分と。今の彼女が重なりますか』
アヤトはガイアの顔が映るモニターを力の限り叩いた。映像にノイズが走る。
「おい、落ち着けよアヤト! ガイアもなに草薙のこと話してんだよ!」
『でも殴るってことは当たらずとも遠からず。いや、ぶっちゃけ図星でしょ?』
再び拳を振り上げるアヤト。ヒロが後ろからアヤトを羽交い絞めにして何とか落ち着くように諭す。
『……。アヤトパイセン。二人だけで話せないっすか』
ガイアは言葉のトーンを下げる。肩で息をしながらもアヤトは冷静さを取り戻していた。
「……。いいだろう。カズハ、ヒロ。すまないが少し席を外してくれ」
無言でうなずき、部屋の外へ出るカズハとヒロ。
『あざっすパイセン。んで、ぶっちゃて言いますよ。俺はサクラコちゃんのこと『教育された子供』たちだと思ってます』
「なるほど。『ファーム』出身か。そうだと仮定すると、なにもかも腑に落ちるな」
『パイセンが言ってたように、彼女は完成されすぎている。俺たちはコア魔法士の前に一人の人間。もっと言えば子供っす。薬をキメてまで恐怖を抑え込もうとするやつがいるのに、アンノウンと戦うことをあそこまで受け入れているそれがおかしいんす。俺だってアンノウンは怖いっす』
「そうだな……。すまんが急用を思い出した。これで本当に切るぞ」
『アヤトさん――』
ビデオ電話を停止させようと動くアヤトはそう名前を呼ばれ止まる。
『アンタが草薙さんの件で罪を感じ、道守サクラコを道具から人へと導くことが贖罪だと思っているなら。それは大間違いですよ』
「肝に銘じておこう……」
「小鳥遊大尉。今お時間よろしいでしょうか」
アヤトが通路を歩いていると、サクラコに呼び止められた。
「ああ、構わない。どうした」
「三波中佐よりティア3相当のアンノウンと戦闘した場合を想定したロールプレイングレポートをまとめるように指示をいただきました。それでそのレポートは小鳥遊大尉からも評定をもうらようにとのことで。ご多忙の中恐れ入りますが、お手すきの際にご確認をお願いできないでしょうか?」
そして一枚の紙と記録メディアを手渡すサクラコ。受け取った紙にひとまず目を通す。記録メディアを手渡すという事はデータでレポートをまとめたのだろう。だとしたらこの場ですぐに評定を出すのは不可能だ。
「明日、一〇:〇〇時までに曹長のPCアドレスに評定を送る。それでいいか?」
「恐れ入ります。それでよろしくお願い申し上げます」
そう言い頭を下げるサクラコ。そして踵を返し、どこかへと歩き出す。今通路にはアヤトとサクラコしかいない。アヤトはその背中に向かって少し大きい声量で声をかける。
「道守サクラコ。お前はファームの関係者か?」




