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ある朝の出来事

「シャムちゃん! シャワーを浴びるよ! 」 


「嫌だよ! 目が痛いの嫌だよ! 」 


 クリスは後ろで叫んでいるキーラとシャムのやり取りを後ろに聞いて、テントの並び立つ空き地から本部ビルを目指した。


 そんなクリスの目の前、本部ビルの前に子供達の一群が出来ていた。クリスが近づけば、その子供達の手にはカブトムシやクワガタが握られている。


「じゃあ、次の対戦相手は誰だ! 」 


「はい! アタシ! 」 


 そう叫んだ少女の前、子供達の歓声の中、座り込んでいるのは嵯峨だった。一際大きなカブトムシを手に持った彼が、薄汚れた桜色のワンピースを着た少女のクワガタムシを受け取ると、板の上に二匹を乗せる。


「じゃあ、これで勝てば十二連勝だぞ! 」 


「僕のも、次は勝てるよ! 」 


「馬鹿だなあ、あんまり連続で対戦すると死んじゃうぞ。俺は次はコイツを出すつもりだから 」 


 嵯峨がそう言って取り出したのは大きなクワを翳すクワガタだった。


「じゃあ! はじめ! 」 


 嵯峨の言葉に虫の激闘が始まる。


「あのー 」 


 クリスは笑顔を振りまく子供達の間を抜けて嵯峨の隣に立った。


「ちょっと待ってくださいよ! 」 


 嵯峨はそう言うと自分のクワガタムシをせきたてる。目の前の少女も自分のクワガタムシの角が嵯峨のクワガタムシの体の下に差し込まれたのを見て雄叫びを上げる。


「やべえ! 」 


 嵯峨のクワガタムシは久しぶりの戦いに勘が狂ったのか、そのままじりじりと後退を始めた。


「行っけー! 」 


 少女の心が届いたようにクワガタムシはじりじりと土俵の外へと嵯峨のクワガタムシを追い立てる。


「だめか? だめか? 」 


 嵯峨の言葉に戦意をそがれたように、クワガタムシはそのまま土俵の下に落ちた。


「やったー! 次はアタシが対戦するよ! 」 


 嵯峨は頭をかきながら立ち上がる。子供達は次に誰が少女のクワガタムシに挑戦するかを決めるじゃんけんを始めた。


「すいませんねえ、ホプキンスさん。つい童心に帰ってしまって 」 


 そう言いながら嵯峨は本部ビルに歩き始めた。


「しかし、ずいぶん用意が良いんですね 」 


「ああ、あの虫は今朝、採って来たんですよ。まあ、シャムに取れそうな場所を教えてもらいましたから 」 


 嵯峨はいつものように胸のポケットにタバコを漁っていた。


「ああ、タバコ切らしちまったか 」 


 そう言うと嵯峨はそのまま本部に入る。人影がまばらなのは早朝だということよりも難民に手を奪われてるからだろう。


「まあ、みんな良く働いてくれますよ 」 


 クリスの意図を読んだかのようにそう言いながら嵯峨はそのままエレベータに乗る。


「これからどうなるんですか? 」 


 クリスの問いに、表情も変えない嵯峨。


「まあ、北天や遼北には受け入れを頼めるわけも無いですからねえ。とりあえず西部の西モスレム国境に現在仮設住宅を建設中というところですな 」 


 いつにも無くすばやく動く嵯峨、彼は真っ直ぐ自分の執務室に入った。机の上にはいつの間にか出ていたコンピュータの端末が置かれていた。嵯峨は執務室にどっかりと腰を落ち着けるとその電源を入れる。


「ゲリラは後方の設備建設に従事させるわけですね 」 


「まあ、あの連中もいつまでも追いはぎの真似事をさせとくわけには行かないでしょ? 」 


 そう言うと嵯峨は黙々と端末のキーボードを叩き始めた。


「ずいぶん余裕があるんですね 」 


「余裕? そんなものありませんよ 」 


 一瞬、画面から目を離した嵯峨の瞳はいつものようにどろんとして生気を感じないものだった。そのままその視線はモニターに釘付けになる。そのキーボードの入力速度は異常と思えるほど早かった。本当にこの人物は北天からの書類を読んでから判断しているのか、クリスには疑問だった。

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