勝利の理由
「はいはい! お湯が沸きましたよー。カップを出してくださいな 」
歌うようにそう言うと、嵯峨は慣れた手つきで携帯型のホワイトガソリンバーナーの上の鍋を持ち上げた。小型のコンロを扱うのに慣れているその手つきにエリートとして育ってきたはずの嵯峨の器用なところにクリスは関心させられていた。
「ずいぶん慣れた手つきですね 」
クリスはレーションの袋に入っていた折り畳みのコップを差し出す。中にはインスタントコーヒーが入っており、お湯が注がれるにつれてコーヒーの香りが辺りをただよう。
「まあ、やもめ暮らしも長いですからね。ホプキンスさんは名門の出でしょ? 誰かいい人いませんかね 」
そう言うと嵯峨はアルミ製のマイカップに味噌汁の素を入れた。
「そんなこと必要ないんじゃないですか? 嵯峨公爵家の奥方となればそれこそ…… 」
「王侯貴族なんかに生まれるもんじゃないですよ。ただ面倒なだけですわ。それに人間性を家柄で見られるってのはどうにも性に合わなくてね 」
嵯峨は十分に湯を注いだカップを箸でかき混ぜ、弁当として持ってきた握り飯四つとタクワンを食べ始めた。
「しかし、ここは安全なんですか? 」
クリスは辺りを見回した。針葉樹の深い森の中。四式は森に潜んでいる形だが、下草のほとんど無い森の下は百メートル以上は視界が利く。もしここに歩兵部隊などが投入されれば勝負にはならないだろう。
「心配なのはわかりますがね。混乱している共和軍に、それほど気の効く前線指揮官がいるとは思えないですがねえ 」
そう言うと嵯峨は握り飯にかぶりついた。
「さっきから不思議に思っていたんですよ。あなたのその余裕のある態度はどこから来るものなのですか? 最初の一撃。あれだっていくら共和軍の指揮官が無能でも、もう少しましな対応の仕方があったのに、まるで混乱しているかのような反撃じゃないですか。さっきだって…… 」
「混乱しているかのように? 違いますね。混乱させているんですよ 」
そう言うと嵯峨は不敵な笑みを浮かべたあと、カップから味噌汁を飲んだ。
「俺の下河内連隊時代からの部下で大須賀と言う技官がいましてね。現在は成田と言う名前の胡州浪人と言うことで共和軍の通信将校を務めているわけですが、まあそこまで言えばわかるでしょ? 」
嵯峨は二つ目の握り飯を手に取る。
「通信妨害? 」
「そんな甘い人間に見えますかねえ俺が。通信器機にウィルスを仕込んだ上で、さらに作戦部にシンパを作って上層部の指揮命令系統をかく乱。そして、前線部隊の補給物資の要求リストを改ざんして拳銃の弾の口径さえまちまちで使い物にならない、今の共和軍の最前線はそんなありさまにしておいたんですよ。戦争と言うものは始める前にはそれなりの準備をしておくものですよ 」
得意げに話し続ける嵯峨。クリスはレーションのピーナツバターをクラッカーに塗りながら聞きつづける。
「最初から勝つ戦いをしていたわけですか 」
「あのねえ、戦争ってのは勝てるからやるんですよ。まあ、前の大戦のときに関しては俺も人のことは言えませんが 」
そう言うと嵯峨はタクアンをぼりぼりと齧りだした。
「なるほど、しかし、先ほどの戦闘での撃墜数は5機を越えていましたね。見事なものですよ 」
そう言ったクリスの目を鋭い嵯峨の視線が射抜いた。
「あのねえ、ホプキンスさん 」
感情を押し殺すように一語一語確かめながら、真剣な表情の嵯峨が話し始めた。
「撃墜数を数える? 自分の殺した人間の数を数えて何になるんですか? あいにく俺にはそんな趣味はないですよ 」
「はあ…… 」
初めて直接的な嵯峨の殺気を感じた。いつもの皮肉屋で自虐的な笑みを浮かべている中年男の姿はそこには無かった。クリスの拍子抜けした顔を見ると嵯峨は肩をすぼめてタクワンの入っていた小さな鉄の容器から汁を口に注ぎ込んだ。




