61 六聖会議 2
会議回です。
机の上に置かれた、ヒビ割れた『魔導鎧』の試作品を前に、一人の老人がうなだれながら、何やら悲しげにぶつぶつと呟いていた。
「……ギルバートのやつ、ワシの可愛い試作品をこんな姿にしおって……! まさか、数日でここまで滅茶苦茶に壊れて戻ってくるとはのう。やっぱ貸すんじゃなかったかの……?」
少し気落ちした様子の老人、オーケンにセインが何かを思い出したように声をかけた。
「そうそう、ギルバートといえば。
【剣士兵団】付きの医療担当が嘆いてましたよ。ここの所、彼が頻繁に治療を求めに来るらしいのですが、診れば全身の骨やら内臓やらがぐちゃぐちゃで、ほとんど毎日、瀕死の状態でやってくるのだと。治すのにとても苦労するらしいですね。まあ、その担当者も少々修行不足気味ですから、丁度良い修練とは思いますが」
セインが微笑みながら淡々と口にした話題に、オーケンは怪訝な顔をした。
「あの小僧がそんな怪我を……?
本当に、いったい何しとるんじゃ、あいつは……?
まさか、一人で竜討伐に行っとるわけでもあるまいし」
「そうですね、少し心配ではありますが……。
でも、何かはわかりませんが、彼なりに一生懸命やっているようです。
ここのところ緩んでいたようですし、
熱心に取り組めることを見つけたのだとしたら良いことだと思いますよ」
「そんなのに付き合わされる方の気持ちにもなってみい……。
あいつ、ワシをなんだと思っとるんじゃ?
明日も使うから鎧をすぐに直しておけ、などと……。
ヒビの修復だけでも結構手間なんじゃぞ、まったく……!」
「とはいえ、オーケン。貴方なら簡単に直せるのでしょう?」
「ホッホウ、当然じゃ! ワシを誰だと思っている。
【九魔】の異名を持つ稀代の天才、【魔聖】オーケンじゃぞ?
出来ないことなど、そんなにないわい!」
自慢の白いあご髭を撫でながら笑う老人を尻目に、脇で二人の会話を聞いていたダンダルグが呆れ顔で口を挟んだ。
「……稀代の天才、ねえ。まあ、全然否定はしねえけどよ。
爺さん、アンタいったい幾つになったんだよ……?」
「ワシか? 今年で280じゃ。
ダンダルグ、長生きはするものじゃぞ。
この歳になっても、まだまだ世界に興味深いことは尽きん……身近な所にも、強化するだけ強化したつもりの『魔導鎧』を数日でダメにするような、想像を絶する馬鹿もいることじゃしな。
……ふむ、仕方ない……データの蓄積にもなるし、あの小僧に付き合ってやるとするか。……どうせなら、そっちの方が面白そうじゃわい!」
つい先ほどまで気落ちしていた様子のオーケンが勝手にやる気を取り戻し、再び生き生きとし始めるのを、ダンダルグは感心しながら眺めていた。
「……まだまだ長生きしそうだよな、オーケンの爺さんは」
「ホッホウ、当然じゃ!
長生きの秘訣はとにかく美味いモノを食い、日々楽しく過ごすことじゃ。
お主もワシを参考にするとよい」
「ああ、そうだな。参考にしとく」
ダンダルグはいつも通り元気になった老人の姿を笑顔で眺め、心の中で「それだけでそんなに長く生きられるわけねぇだろ」と呟きつつ、ここに【六聖】が集まった理由を思い出し、その場の皆に向かって声を掛けた。
「────で、どうだ。
あの子……ロロの適性は?
皆、一応の様子は見たんだろ。意見を聞かせてくれ。
今日はその為に集まったんだろ」
魔族の少年ロロを受け入れてから、一週間が経とうとしていた。
短い沈黙の後、最初にシグが言葉を発した。
「【剣士】については、才能という点ではそれほどでもない。
無いとは言えないが、突出しているとは言い難い」
「まあ、そうだな……【戦士】も似たような感じ、かな。
というか、どちらかと言えば向いてねえと思う」
珍しく歯切れのよくないシグの言葉に、ダンダルグも同意した。
「【狩人】も様子は見たけど……非力ね。
ちょっと絶望的なぐらいに。
弓も持たせてみたけど、そっちの才能は期待できないわ」
「…………ホッホウ、魔法に関しても、な。
ちょっと問題はあるかのう」
皆が口々に否定的な意見を述べた。
セインも彼らを静かに見守るのみだった。
「だが──」
「だがアイツ」
「でもあの子、」
「あの少年──」
「彼は──」
「じゃが、あの小僧……」
「「「「「「面白い」な」わね」」です」のう」
【六聖】の意見はそこで一致した。
最初に語り始めたのはシグだった。
「【剣士】の才能という点ではほぼ、ない。
あの体格に反して、最低限の剣を振るう力はあるが……それも人並み以下だ。
何より彼は相手に対して攻撃を加えるのを極度に恐れる。
それも大きな減点対象だ────だが、剣筋そのものは視えているし、軽い剣を持たせれば驚くほどに対応してくる」
「……対応する? お前にか?」
「勿論、手加減はしている。
だが、それでも驚くほどに耐え抜くのだ。
普段のおどおどしている様子とは真逆に、一切攻撃に怯むことがない。
相手を斬ることを恐れはするが──逆に、斬られることを全く恐れない。
体の一部が多少傷つけられようとも、冷静さが微塵も失われない。
自らが斬られるのを解りつつ、最適な行動を選択している。
あの精神性は稀有だ」
シグの指摘にダンダルグも頷いた。
「そうだな。【戦士】としても……やる前からわかってたことだが、体格的には全く向いてねえんだよな。味方の盾になるには貧弱すぎるんだよ、アイツは。
でも、とにかく根性だけはあるんだよな。
シグが言った通り、無茶やらかして自分が壊れるのを怖がらねえ。
痛みや苦痛にやたら強い────というか、強すぎる。
苦しくても、誰かが止めに入るまで止めねえんだ。
昔、誰かさんがそうだったみたいにな。
────ありゃあ、もしかしたら化けるかもしれねえ。
時間はかかりそうだがな」
ミアンヌも彼らに同意する。
「そうね。
あの子……最初は弱く見えたけど、意外と図太いわ。
飛んでくる矢を冷静に視てるし、ちょっと生死の境目に追い詰めただけで、明らかに死線を潜った人間の顔が出てきたわ」
「いや────ちょっと待て、ミアンヌ。
生死の境目に追い詰めたって。お前、初日でそこまでやったのか……?」
「……何よ。時間ないんでしょ。
鍛えるならきちんとやったほうがいいじゃない。
土壇場で苦労するよりマシでしょう」
「いや、まあ、そりゃあそうだけどよ……段階ってもんが……なあ?」
言葉を詰まらせ周囲の様子を伺うダンダルグの背後から、一人静かに佇んでいたカルーが声をかけた。
「……珍しいな、ミアンヌ。
随分、やる気になってるじゃないか。
お前が訓練生にそんなにのめり込むなど、本当に珍しい。
アイツの訓練に至っては殆ど放置だったと聞いたがどういう風の吹き回しだ?」
「……アイツって、ノールのこと?
そんなの、当たり前でしょう。
アイツ、最初から弓を扱う技術以外全部持ってたし、私が教えることなんて何もなかったもの。ちょっと風の読み方を教えただけで、次の瞬間から可視範囲の的なら全部素の投石で射抜いてたし……一応奥義のはずの『矢避け』も、アイツは素の身体能力だけでやってのけたのよ? 訓練用の弓は折りまくるし、貸した私物の弓も片っ端から握り潰すし……そんなのに、私が何を教えればいいっていうのよ」
「まあ、それもそうか」
カルーは自分が訓練を行った時も、その訓練生が自力で全て突破していたのを思い出し、深く頷いた。
「そういえば、王女の話では【灰色の亡霊】と対峙した時に『十重詠唱』をやってのけたそうですからね。彼の成長は止まるところを知りませんね」
にこやかに同意したセインに続いて、隣のオーケンも頷きながら髭を撫でた。
「ホッホウ、あやつは昔からちょっとおかしな奴じゃったしの。
それにしても、十重とな。
それはすご……………………じゅ?
じゅ───────────???
じゅ─────────────!!!???」
「今のアイツの【投石】がどんなことになってるかなんて想像もしたくもないわね。ミスリル片でも持たせておけば、国境警備もアイツ一人で大丈夫なんじゃないかしら……?
……とにかく、アイツのことは考えるだけ無駄。
でも、あの子にはまだまだ私が教えることがあるから。
しっかりやるわよ。
あんな子供を何の準備もなく死地に追いやる真似はできないしね!」
「……そうか、でもほどほどにな……?」
ダンダルグは鼻息を荒くする奔放な同僚に多少の不安を憶えながら、今度はその背後に静かに佇む仮面の男を見た。
「で、カルーは?」
「そうだな……どうやらロロは【盗賊】には適性がありそうだ。
彼がどういう生い立ちなのかは知らないが、気配を敏感に察知するし、自分の存在を『消す』のが抜群に上手い。
おそらく日常的にそうする必要があったのだろう。
あまり幸せなこととは言えないがな。
……【スキル】も既に幾つか発現させている。
短期間であっても、まだ伸びるだろう」
「そうか……で、オーケンの爺さんの意見は?
面白いっていうからには【魔術師】の適性あるんだよな?
……おい、オーケン? どうした? 大丈夫か?」
「じゅ────────────────────ホッ?
な、なんの話じゃったかのう?
ちょ、ちょっと、考え事をしておってのう!」
「ロロの話だよ。おいおい、本当に大丈夫か……?」
「そ、そうじゃったのう。
ちょ、ちょっと、考え事をしておってのう!
ホッホウ、それがのう────そもそも、ロロは『魔法を使えない』のじゃ。
じゃから【魔術師】には向かんのう。
というか、無理じゃな」
「魔法を使えない? どういうことだ?」
「正確には『魔族』は魔力を使ってはいけない、かのう。
ワシが若い頃、そういう話を小耳には挟んでおったから、あの少年と色々と試してみてみたんじゃがのう────噂は本当じゃったようじゃ。ロロの身体は魔力と親和性が高すぎるのじゃ」
「親和性が高い? そりゃあ、いいことじゃないのか?」
「それが、逆なのじゃ。
あまりにも親和性が高すぎて、体内で魔力を高めようとすると、途端に身体が過剰反応を起こして変質し始めるのじゃ。下手すると、あっという間に死んでしまうのう、あれは」
「そこまでなのか……? そんなの、聞いたことねえぞ」
予想外の答えに、ダンダルグは絶句した。
「まあ、『魔族』の体質など、あんまり公には知られんものじゃからのう。
何にせよ、血じゃからのう。どうしようも無いことじゃ。
じゃが、魔力を操るセンスはなかなか見所があるぞ。
体質が体質じゃから、少し特別な方法で魔力の操作をやらせてみたのじゃが見事についてきおった。
普通、体表面に体内魔力を這わせるなんてことはできないもんじゃが、あの子はそれが出来るのじゃ。
ワシの目からみても、それなりのもんじゃよ。
じゃから、あの子には『魔道具』を扱わせるのが一番良いと思っておる。
相応のリスクは伴うがのう。上手くいけば、伸びるかも知れん。
やる気はあるみたいじゃからのう」
「ええ、あの子には前向きな意志が感じられます。
【僧侶】の訓練は受けさせてはあげられませんが……彼はとても真面目ですよ。
彼は毎日、あなた達の訓練が終わった後に、僧院の書庫に来ていたんですよ。
私が読み書きを教え、彼は寝る間も惜しんで知識をつけています」
「……毎日か?」
「はい。
少し体が心配ですが、私とイネスでちゃんと体調を診ながら面倒を見ていますので。
このままいけばすぐに書物も読めるようになるでしょう。
楽しみですね」
セインの発言で会議の発言者が一巡したところで、ダンダルグが皆の顔を見回し、総括した。
「じゃあ……初回の報告会はこんなところか。
で、ロロ育成の今後の方針だが……皆、それぞれ継続ってことでいいな?
話を聞く限り、それなりに自分の担当に意味を見出してるみたいだしな」
「もちろん、異議なしじゃよ!
……では、ワシはこれで失礼して良いかの?
ちょこっと、大事な用事を思い出してのう!! ホッホウ!!!」
全員の返事を待たずに、忙しない様子で会議室から出て行った老人の姿に、ダンダルグとセインは顔を見合わせた。
「……なあ。爺さん、「今日は暇だから魔道具でも弄る」って言ってなかったか」
「負けず嫌いですからねえ、オーケンは」
二人が苦笑いしながら会議室の入り口から出ようとすると……今度は背後から低い声がした。
「────ダンダルグ。
この後いいか。今日はお前も非番だろう。
俺に付き合ってくれ」
振り返ると、シグが腰に下げた剣の鞘に手をやりつつ、ダンダルグの巨体をまっすぐに見つめていた。
「ああ…………そういえば、年甲斐もないのがもう一人いたんだったな。
……また今度じゃ駄目……?」
「今こうしている間にも、奴はまだ成長している。
剣の修練に終わりはない────悪いが、お前ぐらいしか相手は見当たらんのだ」
ダンダルグは頭を抱えた。
「そりゃあ、そうだろうけどよ……なあ、セイン。お前も付き合ってくれ。
俺一人でこいつの面倒見きれる気がしねえ」
「ええ、いいですよ。最近運動不足気味でしたし、久々の合同訓練といきましょうか」
「そうか。セインも来てくれるか。それならば心置きなく剣を振れそうだ」
「はい、ダンダルグがどんな状態になっても確実に蘇生してあげますから、安心して剣を振ってください」
「────いや、ちょっと待て。
参加してくれって、そういう意味じゃなかったんだけど……?
……何だか俺、急に寒気がして体調悪くなってきたんだけど。帰っていい?」
「大丈夫です。体調は私が万全にしてあげます。あと絶対に死なせませんから、安心してください」
「では、行くか」
「……あの、俺の意見は……?」
そうして、2回目の『六聖会議』は終わり────ロロの訓練は引き続き、【六聖】全員の指導の元で行われることになった。






