51 六聖会議
いつもより早めに相互の業務の報告を終えた【六聖】の面々は皆、イネスが会議に連れてきた『魔族』の少年に視線を注いだ。
この少年はミスラ教国の教皇に自国へと招かれており、自ら強くなる為の訓練を受けることを望んでいる、と、イネスは説明した。
──『魔族』が神聖ミスラ教国へと渡る。
その意味を理解しない者はその場には一人としていなかった。
その本人が力を求める理由も、皆が理解ができた。
だが、その反応はまちまちだった。
まず、少年に声を掛けたのは【剣聖】シグだった。
「ロロ、か。王都の訓練所で訓練を受けたいということだが、歳は幾つだ?」
「……わからない……」
シグの質問に、少年は首を横に振った。
「……わからないのか?」
「……うん。どこで生まれたかも知らないんだ……でも、多分、10歳は超えていると思う……十年ぐらい前に拾われたって聞いたから。……もしかしたら、12ぐらいかも……」
「……そうか」
シグはそうとだけ言い、口を閉じた。
シグには自信がなさそうに話す目の前の少年が、とても頼りなく見えた。
この子の身体は、一見して華奢で、小さい。
きっと此処までの生活で碌な食事を与えられずにいたのだろうと容易に想像はできたが、それだけに疑問に思った。
果たして、この子は剣を振るうのには適しているのだろうか、と。
次に口を開いたのはシグの隣に座っていた【盾聖】ダンダルグだった。
「……それで、お前は何の【職業】の訓練を受けたいんだ? 事情が事情だから、お前ぐらいの歳で訓練を受けるのが無理とは言わねぇが、かなり厳しいと思うぞ。昔、そういう奴が一人だけ居たことは居たがな……そいつはちょっと、特別だったしな」
ダンダルグは会議室の中に立つ少年を眺めながら、頭を掻いた。
彼の少年に対する印象もシグとそう変わらないようだった。
「──それについては、私に少し考えがある。皆、聞いてもらってもいいだろうか」
イネスは部屋の中央の重厚な造りの円卓に両手を置き、そこに居る六人の顔を見回しながら言った。
「……ホッホウ、珍しいのう、イネス。
お主がこの会議の場でそんな発言するとはの。
面白い。聞かせてみてくれんかのう」
【魔聖】オーケンは自慢の白い髭を撫でながら、愉快そうに笑った。
「では、説明させてもらいたい。
知っての通り、私達がリンネブルグ様と共にミスラへと旅立つのは三ヶ月後だ。
それまでに、ロロには出来る限りの力をつけて欲しいと思っている。
だが、あまり時間の余裕はないだろう。
そこで────」
◇◇◇
「──つまり、交代制、ってことか?
俺たち全員で1日ごとにそいつの面倒をみる、と」
ダンダルグはイネスの提案を聞くと、腕組みをして唸った。
「ああ、それが一番良いのではないかと思ってな。
特別扱いで此処にいる皆に手間をかけてしまうことにはなると思うのだが」
「まあ、それぐらいは構わねえけどよ……でも、お前、ロロって言ったっけ。
お前はそれでいいのか?
言っておくが、俺たちがやらせるのは結構つらい訓練だぞ。
ひとつだって初日に投げ出す奴もいるぐらいだ。
痛い、辛いは当然のな」
「……うん……それは、大丈夫……だと思う」
少年は言葉少なに、小さな声で答えたが、その自信のなさそうな姿はダンダルグをより一層不安にさせた。
「イネス、お前はどう思ってこいつを──いや、まあ、お前が言い出したんだもんな。大丈夫だとは思ってるんだろうが…………本当に、大丈夫なんだろうな…………?」
「ああ、ひと月ほど生活を共にしての印象でしかないが、
私は多分、ロロは訓練には耐えられると思っている。
それにミスラに行ってから、何があるか分からない。
危険が伴うことは、ある程度想像がつく。
無理は承知だが──出来る限りの備えはしておきたいんだ。
協力を頼みたい」
「まあ、その理屈はわかるけどよ……その、なんていうか、なあ?」
ダンダルグは隣にいたシグに同意を求める視線を送ったが、シグは無言で首を横に振るだけだった。
「──アタシは、反対よ」
そこに口を挟んだのは【弓聖】ミアンヌだった。
「魔族って言ったらミスラじゃ討伐対象じゃない。
なんで……こんな子供が、わざわざそんな危険な所に行かなきゃならないのよ?
自分から死ににいくようなものじゃない。
イネスも、リンネブルグ様も、王様も……
なんで、そんなことを許可するのよ……信じられない。
──ねえ、アンタ。
ロロ、っていうんだっけ。
無理矢理やらされてるだけだったら、嫌だって言いなさい。
むやみに人に気を遣ったって、いいことなんかないわよ」
ミアンヌは不満そうに口を尖らせながら、部屋の中に佇む少年に向かって言った。
「……ううん、違うんだ。
ミスラにはボクが行きたいって言ったんだ。
イネスやリーンは、悪くない」
ロロが庇うように言うと、ミアンヌはイネスの顔を見た。
イネスはミアンヌの目を見て、肯いた。
「今回の話はあくまでロロに決めてもらう、とリンネブルグ様から聞いている。
王からも、本人の意見を尊重するように、と。
ミスラに行く、という判断はロロの意思で間違いない。
訓練所で訓練を受けたい、というのもな。
私はそれに、口出しはしないことにしている」
「……そう、貴女がそう言うなら、本当にそうなんでしょうけど。
でも、やっぱり、おかしいわよ……
……子供にそんなことを決めさせるなんて」
ミアンヌは呟くように言うと、不満そうに皆から顔を背けた。
「ホッホウ、ワシは賛成じゃよ。
何事もやってみないと分からないからのう。
イネスの提案する方法が、その子のいろんな可能性を試す上では最適じゃろうて」
オーケンはそう言ってロロを見ると、片目を瞑りつつ親指を立てた。
「私もそれでいいと思います。
彼自身が自分に何ができるのか、見極める助けとなるでしょう。
できる限りの協力はしたいと思います。
ただ、【僧侶】の訓練だけは今からではどうしようもないので、私は彼が身を守るのに必要な知識を教えるだけになるとは思いますが」
オーケンの隣に居た【癒聖】セインも、静かな笑みを少年に向けた。
その二人の意見を受け、ダンダルグも意を決したようだった。
「…………まあ、いいか。
オーケンの爺さんの言う通り、結局やってみりゃわかることだしな」
「ああ、ここで話していても始まらない。やるならやればいいだけの話だ」
シグもそれに続く。
最後に【隠聖】カルーが静かに全員の様子を窺うと、ダンダルグに声を掛けた。
「意見は出揃ったようだ。では、ダンダルグ。この議題の決を採れ」
「──今日は俺がそれやるのか? 仕方ねえな。じゃあ……。
この先の三ヶ月間、俺たち【六聖】はここにいるロロを全員で育てる。
そのことに異議のあるやつはいるか?
なけりゃ、手続きの為にすぐに冒険者ギルドに話を通しに行くが」
「……異議はない」
「異議なしじゃよ」
「異議ありません」
「異議なし」
ダンダルグの呼びかけに、他の五人の内の四人はそう返した。
だが、一人は会議室の壁を見つめながら無言のままだった。
「……おい、ミアンヌ? お前はまだ、なんかあんのか」
「──────あるわよ。
文句があるわ。納得も、いってない。
でも、本人がそれでいいっていうなら…………仕方ないじゃない」
「ロロは、それでいいか?」
「……うん」
最後にイネスがロロに確認をすると、少年は部屋に入ってきた時と変わらない様子で静かに頷いた。
「まあ、これで結論は出たようだな。
では、俺たちは明日から、便宜上……この子を俺たち全員の弟子として扱う。
────本当に、俺らは半端じゃなく厳しいから、覚悟しとけよ、ロロ?」
そう言って、ダンダルグは遥かに体格の違う少年の頭を鷲掴みにするように撫でて、笑った。