50 魔族の冒険者
しっくりこなかったので改稿しました(3/25)
ボクに話がある、とリーンがイネスの家を訪ねてきた。
話を聞くと、神聖ミスラ教国の皇子の成人式にボクが招かれたという。
それで一緒にいくかどうかを確認しに来た、というのだけれど。
────正直、よく分からない。
全然、実感がわかない。
まるで夢みたいな話だと思った。
でも、本当らしい。
だから、どう答えていいか、迷っていた。
ミスラは『魔族』を嫌っている。
あまり知識はないけれど、それぐらいなら知っている。
昔から『魔族狩り』の先頭に立っている国だと。
その国では、自分は討たれ滅ぼされるべき者だ。
見つかれば殺されて当然の存在。
ずっとボクたち……『魔族』はそういうものだと言われてきたし、それは仕方のないことだと思っている。
「ボクはそこに行ったら、多分、殺されるんじゃないかな。
そこは、多分、王国とは違う。
『魔族』はきっと憎まれていると思うよ」
きっと、ボクを招いて美味しい食べ物を食べさせてくれるというのは嘘で、行けば捕らえられて殺されてしまうのではないか──リーンから話を聞いた時、そんな風にしか思えなかった。
だから、思ったそのままのことを口にした。
「はい……ロロも知っての通り、皆、『魔族』を恐れています」
当然、それぐらいは彼女も知っているのだと思う。
なぜ、彼女はボクをそんな場所に行かせようとするのだろう。
「でも、それはもしかしたら、本物をちゃんと見たことがないからではないでしょうか。
単純な思いつきなのですが……実際に会って話せば、違うのではないかと」
リーンはそういうけれど。
本当に、そうだろうか。
「でも、見ても、知っていても、ボクは怖がられたし、嫌われたし、憎まれたよ」
それがボクにとっては当たり前だった。
単に事実を言ったつもりなのだけれど、彼女は悲しそうな顔をした。
「でも、少なくとも私たちはそうは思っていない。それは、わかるでしょう?」
「うん……大体」
「その場には、いろんな人が集まることになります。
もちろん、ロロの言う通り、危険が伴う可能性はあります。
──でも、もしかしたら、良い機会かもしれないと思ったのです」
「……いい機会?」
「はい。どちらかといえば、それは私の我が儘なのですが……できることならば、その人たちにあなたの姿をちゃんと見てもらって、私の友人がそんなに恐ろしい存在でないことを分かってもらいたいんです」
友人。
彼女はボクのことをそう呼んだ。
一国のお姫様がボクなんかをそう呼ぶのにも、もう慣れはしたけれど……やっぱり今だに実感が沸かない。
でも、少なくともその言葉に嘘は混じっていなかった。
前に、ボクが『心の中を読む能力』を持っていると伝えていたのだけれど、それも、彼女にとってはあまり気にならないことのようだった。
彼女の心の中にはボクを、『魔族』を恐れる感情は無い。
イネスにも、ノールにも。
リーンのお父さん──クレイス王に会った時もそんな暗い感情は感じなかった。
どちらかというと、温かい感情で接してくれた。
もちろん、それはみんなではなかったけれど──だいたい、そうだった。
ここ、クレイス王国にはそういう人が多いみたいだった。
今、ボクの周りにいる人たちはとても気持ちのいい人たちばかりだ。
いい人ばかりすぎて、不思議に思うことばかりだ。
時々、やっぱりもう自分は死んでいて、天国に来てしまったんじゃないかと思うことがあるぐらいだ。
……でも、やっぱり、現実なのだろう。
ボクが魔族だと分かった途端に態度を変え、嫌悪や蔑みの感情を向けてくる人もいるからだ。
それは当然だし、仕方のないことだと思う。
誰かから憎まれるのには慣れている。
逆にそれがないと、生きている実感が持てないぐらいに。
そう言ったら、いつだったか、リーンにはとても悲しい顔をされた。
別に、ボクはそんなことは気にしていないというのに。
────彼女はとても優しい。
ボクなんかのことを気にかけてくれるぐらいに。
「……なんで、リーンはボクにそこまでしてくれるの?」
それがいつも、分からなかった。
「自分の国を救ってくれた英雄を、ちゃんと評価してもらいたいというのはおかしなことでしょうか?」
「でも、あれはノールが……」
「それはそうかもしれません。
でも、ロロ……あなたがいなかったらあんなに上手くは行っていなかったんですよ。
あなたはもう少し、自分を誇ってもいいと思うのですが」
自分を誇る、か。
とてもそんな風には思えない。
ボクがそう言うと、リーンは少し寂しそうな顔で笑った。
思えば、イネスにも同じような顔をされた。
イネスはある日、ボクに尋ねた。
────『ロロ。お前はこれからどうしたい?』
自分の好きなようにしていい、と。
でも、何も答えられなかった。
自分は、何をしたいのだろう。
いったい、何を求めているんだろう。
何かを望んでよいと言われても、何を望めばいいのかが分からなかった。
でも──
彼女の顔を見ていて、少しだけわかる。
今、自分の望むことが。
彼女の悲しそうな表情を見ていると、こちらまで悲しくなる。
自分に優しくしてくれる人にそんな悲しい顔をされるのはとても悲しいし、辛い。
そんな感情を少しでも目の前から取り除くことが出来るのなら。
ボクは────
「分かった……ボクも行くよ」
ミスラに行くのは少し怖い。
行けば、大勢の人に蔑みや恐れの感情をぶつけられることになるだろう。
けど、怖いだけだ。
憎まれたり、嫌われたりするのにはもう慣れているし、それはなんとも思わない。
大勢の人に、嫌悪と侮蔑をぶつけられても、それだけの話。
もし、殴られたりして痛くて血が出ても、我慢すればいい。
自分は痛いのにはとても慣れているから。
「……でも、ロロ。
決して自分が犠牲になってもいい、なんて、考えないでくださいね?
先ほど、私はああ言いましたが──貴方は貴方の、したいようにしてくれればいいんですよ?
私は誰よりも、あなたに助かって欲しいと思っているんです。
行きたくもないのに無理に付き合う必要はないんです」
「ううん、違うよ。ボクが行きたいと思ったんだ。
それがボクのやりたいことだから」
「そうですか……。
もし、あなたを傷つけようとする者が現れても、私が、イネスが、させませんから。
何よりノール先生は絶対にそれを許さないでしょう。
私達は命を賭してあなたを護りますから、そこはどうか信じてください」
「うん……わかった」
ボクはそうとだけ答えた。
◇◇◇
リーンと別れた後、イネスにも自分がミスラに行くことを伝えた。
「そうか」
イネスはそう言って静かに肯いた。
「……あの、前に聞かれてたことなんだけど」
そして、ボクは頭に描いていたもうひとつのことを告げた。
「ボクは『冒険者』になりたいと思う。
確か、この王国の人なら、誰でもその為の訓練を受けられるんでしょ?
ボクは『人間』じゃないけど王様は『市民』にしてくれた。
だったら、ボクでも、もしかして────」
「ああ、それならきっと、大丈夫だ。
ロロはもう、この国の人間だからな」
イネスはあまり感情を表に出さない。
でも、その時の彼女は少し嬉しそうにしているように思えた。
「早速、訓練所の教官たちに話をしに行くか。今日は彼らが全員集まる会議がある──私も顔を出す予定だったから、ちょうどいい。ついてきてくれ」
そう言ってイネスは足早に歩き始め、ボクも迷いなくそれについていく。
そう、もう迷いはない。
自分の望むものが、やっとわかったから。
わかってみれば簡単だった。
なんで今まで、それがわからなかったんだろう。
ボクは目の前にある悲しい顔を、ひたすら取り除けるような存在────ノールみたいな人に、なりたいんだ。
────その為には、もっとずっと、強くならなきゃいけない。
こんな自分でも、何かを望んでいいのなら。
望みを叶える、その為だったら。
これからはなんだってやってやる。
そう誓ったから。
もし、望むものをすぐに手に入れられなくたって、出来るようになるまで、やってやる。
一度、自分は死んで、生まれ変わったようなものだから。
今度こそ誰かの役に立ち、必要とされる存在になるんだ。
あの人────ノールが、それができると教えてくれたのだから。