48 杭打ちのノール
「おう、ノール。今日も早えな。助かるぜ」
「ああ、まだやる事は沢山あるからな」
ここのところ毎朝、俺は決まった時間に王都の再建工事の現場に顔を出していた。
王都の復興はまだまだ途中だ。
この前の皇国の襲撃で数百軒の家が壊され、地面も大きく抉られた。
王都の中央にあった王城も跡形もなく壊されてしまったという。
家と職を失い、路頭に迷う人も多く出てきている。
前のような平穏な姿を取り戻すのは簡単ではない。
そんな状況ではあるが、俺は前とあまり変わらない日常を送っていた。
ドブさらいの仕事も変わらずに続けている。
あの騒動があった後、飛んできた瓦礫が詰まって大変なことになっていて、それを取り除くのに苦労したものだが、今は随分と綺麗になった。
朝、起きた後、人がいない時間帯にドブさらいを済ませて、工事現場に向かい、その仕事が終わった後、いつもの訓練をして寝る、というのが俺の一日になっていた。
「親方も、いつもながら早いな」
「当たり前だ。上の人間が使う奴よりも遅く来てどうする。誰かさんがあんまり早く来るもんだから、俺も無理して早起きして来なきゃならねえんだよ」
そう言って親方は笑った。
「それは悪いことをしたな。もう少し遅く来たほうがいいか?」
「……馬鹿、なに言ってんだ。褒めてんだよ。お前さんの言うとおり、今、やることは山ほどある。そんな時に毎朝、誰よりも早く現場に来てくれる奴を有り難えと思わねえ親方がどこにいる──言わせんなよ、恥ずかしい」
そう、やるべきことはまだ山ほどある。
とはいえ──
俺としては、再建工事に関しては、かなりいいペースで進んでいると思う。
あの『黒い剣』がとてつもない活躍をしてくれたからだ。
壊れた家を建て直すには、建ててから数年した後に家が傾いたりすることの無いようにまず地面をしっかり固めなければならない。
要所要所に、地中深く『杭』を打ち込む必要があるのだ。
だいたい、地盤固めの杭は家一軒あたり十数か所、大きな家では百か所ぐらい打ち込む必要があるのだが、普通は五人がかりで一日数十本打てればいいところだという。
つまり、一日に1、2軒分の杭が打てれば良い方だ。
たった一本杭を打つにも、数人がかりでハンマーを使って何度も交互に打ち込まなければいけない。
それは、結構な重労働なのだ。
──だというのに。
この『黒い剣』を使えば驚きの結果が出る。
剣を振り上げ、まっすぐに落とせば木杭の頭がたった一発で地面に沈むのだ。
支えている人間は必要なので三人がかりで杭を打つのだが、早ければ一本あたり数秒で済んでしまう。
あまりに綺麗に沈むので、楽しくなってくるぐらいだ。
そうして、他の二人が杭を支えているところに、俺が『黒い剣』で杭を打つ、を繰り返していると、昼休憩までの間に十軒分の杭を打ち終えてしまう。
一日の仕事が終わるまでには、三十軒分の杭を打ち終えることもあった。
だが、それも最初の頃の話だ。
その後さらに工夫を重ね、最近は二人一組で杭を垂直に支えるグループを家一軒ごとに配置し、俺が次々に杭を打ち込んでいくという流れ作業のようなやり方が定着し、一日あたり五十軒分の杭を楽に打ち終えることができるようになっている。
おかげで、だいぶ工事のスピードが上がったのだ。
その結果、俺は周りから「一番大変な作業を率先してやってくれている」ということで結構感謝されているのだが。
実際は、ちょっと違う。
──あれは単純に、楽しいのだ。
工事現場にそびえ立つ杭を次々に地面に打ち込んでいく作業は、正直言ってとても楽しい。
別に、頼まれなくてもずっとやっていたいぐらいだ。
とはいえ、俺だけがその楽しみを独占するつもりもなく、他の人間にやらせることも考えたのだが……今の工事現場の作業員に、俺以外にあの重い剣を扱える人間はいないようだった。
……リーンのお父さんは結構、軽々と持っていたのだが。
そういうわけで、俺は率先して杭打ちの仕事をするようになった。
おかげで、ついたあだ名は『杭打ち』だ。
これは、俺が冒険者として仕事をしていて、初めて他人からつけられた呼び名だから『二つ名』と言ってもいいだろう。
つまり、俺は【杭打ち】のノールだ。
──悪くない。
今度、名乗ってみようか。
「それにしても……その黒くて平たい剣みたいなモノ、何で出来てるんだ? 信じられねえぐらいに硬いし、あれだけの杭を打っても曲がらねえし、重すぎてお前さん以外誰も持ち上げられない。見たことねぇぜ、そんな非常識なもん」
現場監督のおじさんはそういって俺のそばに置いてある『黒い剣』を見た。
聞かれて、そう言えば俺も何も知らないことに気が付いた。
「すまない、俺も詳しいことは知らないんだ。貰い物だからな」
「そうか……だが多分、それは『迷宮遺物』だろうな。
俺も多くを目にしたわけじゃねえが、よくわからん材質の物もたまに発掘されるらしいからな。
競売にかければ結構な値段で取引されるらしいぞ。
意外とそれ、値打ちもんじゃねえのか?」
「そうかもな。だとしても、売る気はないが」
「ああ、その方がいいだろう。そいつは、お前さんが持ってた方がいい」
「使っているうちに愛着も湧いてきたしな。そのつもりだ」
いつの間にか肌身離さず持ち歩くようになったこの『黒い剣』は今では俺の相棒のようなものだ。
見た目は悪いが、使い勝手はとてもいい。
使えば使い込むほどに良いものだと思えてくる。
日々の訓練も最近は工事に精を出しているおかげであまり時間が取れないでいるが、この剣があるおかげであまり不足は感じていない。
重いので素振りするだけでも結構な運動になるからだ。
実際、訓練時間は短くなってはいるが、山にいた時と変わらないぐらいの練習量を確保できていると思う。
それだけでなく、この剣には何度も命を救われたし、今の工事現場でも役立っている。
相変わらず、ドブさらいの依頼の時に側溝にこびりついた頑固な汚れをこそぎ落とすのにも活躍してくれているし──これを売るなんて、とんでもない。
本当にいいものを貰ってしまったと思う。
と、俺たちが雑談しているうちに、他の工員たちがぞろぞろとやってくるのが見えた。
「さて、そろそろ始めるか」
「もうか? 少し早いんじゃないか」
「だが、もう人員が揃っちまった。あいつらもお前さんに影響されて、早く来るようになっちまったらしい。だから、今日は早めに始めて、早めに切り上げる。その方がいいだろ」
「そうか、わかった」
そして早速工事が始まり、俺も配置につき、いつも通り親方の指示に従い作業を進める。
杭打ちの作業はひと段落ついたので、今日は建設準備の為の資材運びが主な仕事だ。
周りで働く顔ぶれはいつもと変わらず、もう見知った顔だが、ここにいるのは王国の人間だけではない。
先日攻め込んできた皇国の兵士達もいて、捕虜として捕らえられた後、復興の作業に従事しているのだ。
なんでも、皇国からたいへんな額の補償が出たらしく、彼らはそれで給料をもらいながら働いているという。
最初は隣で働いていた人間が皇国の兵士だったと聞かされ驚いたものだったが、話してみると悪い奴らじゃなかった。
もともと、彼らの殆どは貧しい村の農民や漁師だったらしい。多くは生活に困窮した者が給料と身分の保証を求めて皇国の兵に志願し、剣を持たされていたのだという。
そんな話を聞き、俺が突っ込んで行った時にあまり脅威に感じなかったのにも納得がいった。
本当に、訓練などろくにしていない人々だったのだ。
使い慣れない剣を持たせるよりも、今の方がずっといい働きをしていると思う。
実際、今の彼らは生き生きしているように見える。
皇国の人間は、王国についてねじ曲がったことを聞かされていた者も多かったというが、実際来てみれば良いところだったし、王国で捕虜として働いている時の方がずっと待遇がいいと口々に言う。
彼らの何人かは、金を稼いで本国への帰国を目指す者もいるし、故郷を捨てて永住してできれば将来王国に家族も呼びたい、などと言っている者もいる。それにはまた別の資格がいるそうで、その申請も大変らしいのだが、無理な話でもないらしい。
俺がいる工事現場にはいろんな人間がいる。
人数としては十分な数がいるので、おかげで復興の工事は順調だと言えるだろう。
結局、あの騒動は『一日戦争』などと呼ばれている。
あっという間に事件が収束したからだ。
王国と皇国が講和条約を結び、国境を隔てていた壁と要塞が突然崩れたらしいので、交流も起こり始めたという。
なんとも気の抜ける話だ。
過去の話を聞くと随分と長く仲違いしていたようだが、今のように仲良くできるのならば最初からそうすればよかったのに、と思う。
そのほうがずっといいだろう。
そんなことを考えていると、他の作業員から声をかけられた。
「ノール、また休憩時間にあれ聞かせてくれよ」
「ゴブリンの話か? ああ、いいぞ。だが、俺が話せるのはいつもの話だぞ」
「ああ、知ってる。というか、いつも同じだからいいんだよ。じゃあ、他の皆にも言っとくぜ」
そう言って、彼はまた作業に戻った。
彼はいつも昼休憩の時に一緒にいる男だ。
他愛のない話をする休憩時間も俺にとっては楽しい時間だが、最近は世間話だけでなく、俺が『冒険者』として知っている魔物の話をすることが多くなった。
別に俺が経験豊富な冒険者というわけではないのだが──
休憩時間は結構たっぷりある。
大体飯を食うだけで他に何もすることはないし、皆暇なのだろう。
俺がするのは、大抵『ゴブリン』の話だ。
毒ガエルの話もしたことがあるのだが、俺が食べると旨い『食材』の話をすると何故か止めてくれと言われるので、自然とそちらの話が多くなった。
俺の話の引き出しはそんなに多くないからだ。
ゴブリンの話にしても、皆少し変な顔をするが、まあ、仕方のないことだろう。
本職の『冒険者』と実際に被害にあった人間以外がゴブリンを目にすることはこの王国では珍しく、本物を見たことがない人間が大半だという。
だからこそ、話を聞きたがるということだと思うのだが。
◇◇◇
「では、俺とゴブリンが初めて出会った時の話だが──奴は何もないところから突然、現れた。気づけば深い森に聳え立つ巨木よりも背の高い、緑色の巨体が俺たちを見下ろしていたんだ。もう、その瞬間は死ぬかと思ったぞ。俺は今まで、そんなに巨大な生物を見たことがなかったからな」
休憩時間に昼食を食べ終え俺が話し始めると、いつものように笑いが起こった。
「バカいうな、ゴブリンがそんなにデカいわけないじゃねえか」
そして、いつも通りの野次が入る。
それも無理もない──実物を見たことがないものならば、そう思うだろう。
俺だって、そう思っていたのだから。
とはいえ、このあたりの人間は、同じ話は何度も聞いているし、この先の展開も知っている。
その上で、ただ楽しむ為に野次を入れているらしい。
その辺りはみんな分かっているので、俺はそのまま話を続ける。
「ああ。俺もそう思っていたんだがな──そして、片手でこう、巨木を引き抜いてな──構えるんだ。両手に一本ずつ持って。それを軽々と小枝のように振り回してくる」
「ゴブリンがか?」
「ああ、ゴブリンがだ」
またそこで笑いが起こる。
大体、笑いの起こるポイントは毎回一緒だ。
皆、俺の話を楽しんで聞いてくれるが、信じてくれない者も多い。
どうやら、俺が彼らを楽しませる為に作った話だと思われているらしい。
多少、面白くする為に、大げさにしているのも原因だと思うが。
とはいえ皆、楽しそうに聞いてくれるので、俺もつい笑顔になってしまう。
俺は話を続ける。
「そして、奴は恐ろしいほどに素早いんだ。ゴブリンはすばしっこい生物とは聞いてはいたが、瞬きをする間に巨木の間をすり抜けて、あっという間に目前に迫ってくる。そして森の中の木々を薙ぎ倒して拾い上げ、ありったけの倒木を投げつけてくるんだ」
「すげえな、ゴブリンがそんなことをしてくるのか」
「ああ、あれには参った。俺などは、手に持った剣で弾くのが精一杯だった。仲間の『銀級』の魔術師がいなかったら、とっくに死んでいたことだろう。だが、奴はその仲間が撃ち出す巨大な氷柱の嵐を掻い潜り、尚も迫ってくるんだ。今思い返しても恐ろしい体験だった。よく生きて帰ってこれたものだと思う」
ここでも笑いの渦に包まれる。
「投げ付けられた大木を、お前は剣で弾いてたのか? 凄いな、それは」
「まあ、ノールならやりかねんが」
そうやって、また同僚の間で笑いが起こる。
俺としては本当のことを話しているに過ぎないのだが、とても信じられないということなのだろう。
まあ、別に信じて欲しいとも思っていないが。
とても、信じられないという気持ちは良くわかるからだ。
俺だって、実物のゴブリンを見るまでは信じられなかっただろう。
「まあ、そんな凄い奴が、なんで俺たちと一緒に工事現場で働いてるのかってことは置いといて、だ──『銀級』か。そいつはすげえな。銀級冒険者が手こずるほどの相手なんだな、ゴブリンってのは」
「ああ、彼女も手こずっていたようだった。何しろ、才能と知識ははあるが経験があまり無いようだったからな。ゴブリンと初めて出会った時も、驚いていたようだった」
「そうして、ゴブリンの頭に埋まってた巨大な魔石を引き抜いたら、動きは止まったんだっけ?」
「ああ、あんな弱点があるとは思わなかった。流石に、最弱の魔物というだけあって、わかりやすい所に弱点があるものだが──ちょっと、俺一人では勝てる気はしないな。当分、会いたくもない」
「はは、そうだな。そんなのが最弱の魔物だっていうんなら、怖くて街の外には出られねえな」
「ああ、そうだな。外に出るときはいつでも魔物から逃げられるように、心の準備をしていくことだ」
俺がそういうと、皆が笑った。
「それにしても、あんたの話は面白いな──ただのゴブリンの話をここまで盛れるなんてな」
「いや、実際にあったことだぞ? 確かに多少、大げさにはしているが、大体は事実だ」
「ああ、分かってるって……そういうことだと思ってみんな聞いてるから、心配するな。本当に妙な生々しさがあるし、毎日聴いてても飽きねえなんて、お前さんそういう才能あるんじゃねえか」
「そこまで言われると──少し、照れるな」
俺は話はあまり上手くないのは知っているが、話すこと自体は好きだ。
この辺り、話好きだった父親の血を引いているのだなと思う。
もちろん、父のように巧みに話すことはできないが、それなりにポイントを絞って面白く話すコツは心得ている。
話を聞くのは好きだったから、聞く側の気持ちは分かっているつもりだ。
こんな風にして俺が皆に話すようになったのは、今の工事に参加して割とすぐの頃からだ。
そうして、いつの間にかついた他のあだ名は『ホラ吹き』と『詩人』だ。
とはいえ、『杭打ち』の方が有名になってしまったので、皆、そちらで呼んでくるのだが。
◇◇◇
そして、一日の作業予定が終わり、皆が帰る時間になった。
「じゃあ、また明日な、杭打ち。また面白い話聞かせてくれや」
「ああ。と言っても、俺の話にあまり種類はないぞ」
「わかってる。まあ、同じ話でもいい暇つぶしにはなるんだ。お前さんの話は馬鹿げてるが、聞いてるだけでも面白いからな」
「毎日同じ話聞かされてりゃあ、こっちも覚えちまうがな……そういえば、昨日、お前のゴブリンの話をウチの子供たちに聞かせてやったら大喜びだったぜ」
「それは嬉しいな」
毎日のように顔を合わせているこの男、自分の話を覚えて、子供達に話して聞かせてくれたらしい。
「デカいゴブリンってところが気に入ったらしくてな。話し終えたら、早速、巨大ゴブリンごっこが始まって家中引っ掻き回してカミさんが怒り狂ってたがな。今度、お前の話を聞きに来てえってよ」
「ああ、是非そうしてくれ。楽しみだ。違う話を用意しておいたほうがいいか?」
「お、それはありがたいな……あ、でも悪いが、毒ガエルとか毒ヘビとか毒キノコの話はもういいからな? 子供が真似したら大変なことになる」
「それもそうだな……では、別の話を考えておく。そうだ、この前王都で暴れた『竜』の話なんかどうだ? 奴と俺が一人だけで戦うことになってしまって、死にかけた──という話なんだが」
俺がそんな話を出すと、見知った男は愉快そうに笑った。
「はは! そりゃあいい。そういうのが一番喜びそうだ。その路線で行ってくれ」
「いや……言っておくが、それも本当にあったことだからな? ちゃんと、子供達にもそう伝えておいてくれ」
「ああ、わかってる。面白い話を考えといてくれよ。楽しみにしてるぜ」
「わかった、ちゃんと思い出して話せるようにしておこう」
「じゃあ、またな」
「ああ、また明日」
そうして、笑顔の皆に手を振って別れ、俺の一日の仕事が終わった。
今日も我ながらよく働いたと思う。
浴場に寄ってから、どこかの屋台に寄って食べて帰ろう。
そうして、またいつも通りに訓練をしながら、竜と対峙した時のことをうまく話せるように、思い出しておこう──そう思っていたところだったのだが。
「ノール先生!」
聞き覚えのある声に振り返ると、見憶えのある姿の誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
あれは──
「やはり、ここにいらしたのですか」
「──リーンか。久々だな」
「突然で申し訳ないのですが、ご相談があるのです」
「相談?」
「はい。私と一緒に、再びミスラへ向かって欲しいのです──先生さえ宜しければ、なのですが」






