42 王都への帰還 2
長すぎると感じたので分割しました
(あと冗長箇所(自分なりに引っかかっていた部分)をちょいと削ります)
その後の帰り路のことは思い出したくもないが、俺達はなんとか暗くなる前に王都へと戻って来ることが出来た。
竜が飛び立った場所へと戻ると、リーンのお父さんが出迎えてくれた。
ずっと同じ場所で待っていてくれたらしい。
「お父様。
無事帰還いたしました。
戦争は、終結します──事は順調に運びました」
「ああ、どうやらうまくいったようだな。
本当に苦労をかけた。
後で詳しい報告を聞かせてくれ、レイン」
「──はい。
後ほどゆっくりと」
「その前に、恩人に礼をしなければならないな」
「はい、ノール殿は望外の活躍を見せてくれました。
その功績に見合った褒賞を」
なに?
──褒賞?
「ああ、そうだな。
今回の件の大変な苦労に報いる褒賞を渡したい。
なんでも言ってくれ。
私達にできる事ならばなんでも──」
「いや、いらないぞ」
「──何?」
「気持ちはありがたいのだが──俺は特に困っていない。
別に寝る場所は野宿でも構わないし、食い物も獲ろうと思えば自分で取れるからな」
だが、俺は別におかしなことを言っているつもりはないのだが、周囲の人物は皆、困惑した表情を浮かべている。
──なんだか、前にも同じような事があったな。
「い、いや、そんなわけにはいかんだろう。
今回ばかりはちゃんと受けとって貰わねば、他の者にも示しがつかん──本当にそれでいいというのか?」
「ああ、それで構わない──」
本当に何もいらない。
そう言いかけて、ふとロロの姿が目に入った。
そこで俺は一つ気になっていたことを思い出した。
「──いや、すまない。
……やっぱり頼みたいことが一つあった」
俺がそう言うと、リーンのお父さんは傷だらけの顔に、満面の笑顔を浮かべた。
「お、おお……そうか、そうか!
では遠慮なく何でも言ってくれ!
ここまでしてもらって、何もしないわけにもいかんからな!」
「実はこの子のことを頼みたいんだが」
俺は隣に立っていたロロの頭に手を置いた。
「……え……? ……ボク……?」
ロロは俺の顔を見上げ、目を丸くしている。
「その子を? ……その子はもしや、魔族の子か?」
「ああ、そうだ。
この子は身寄りがないらしい。
皇国に訪れていた商人の一団が居場所だったらしいが、置いて行かれてしまったそうだ。
彼らの行き先もわからないというし──」
俺がリーンに傷を癒してもらっている間、お兄さんが色々と聞いて回ってくれて分かった事だが、ロロが生活を共にしていた商人の一団は、皇国から忽然と姿を消していた。
行き先も『商業自治区』のどこかだというぐらいで誰も分からないらしい。
帰る場所も無くなったロロは結局、竜のこともあり俺たちと一緒に王都まで戻る事になったのだが──その先が何も決まっていない。
「では、望みというのは──」
「この子を、王都で他の人間と同じ普通の生活を出来る様にして欲しい」
俺にとって、望みらしい望みはそれだけだ。
この子は俺が連れてきてしまったようなものだしな。
俺が引き取って一緒に生活することも考えたが──俺のような収入の不安定な人間に養われるよりは、家をもらい、お金持ちの家に世話になった方がいいに決まっている。
「その子に他の人間と同じ生活を、とは──?
すまんが、少し説明してくれんか」
「まず、家を与えて欲しい。
前に俺に「家をくれる」と言っていたな?
それぐらいのものでいい──できれば、衣服と食事もな」
「……なる程。
国内の土地と建物を所有するとなると、王国の『民』となることが必要だが──其方が望むのは、そういう類いのことか?」
「……そういうことになるのか?
ああ、必要ならそうしてくれ。
この子には何度も命を助けて貰った。
あの大きな竜がいうことを聞いてくれたのも、この子がいたからだ。
この子がいなければ戦争は終わらなかっただろう。
だから、俺なんかより、この子に褒美を出してくれ。
俺の望みはそれだけだ」
「それだけ、か」
リーンのお父さんは渋い顔をしている。
やはり、俺自身が何かを受け取らない事に不満があるのだろうか。
どういう理屈か分からないが、リーンといいこの父親といい、人に礼をする時には全力でものを押し付けようとしてくる。
きっとそういう文化なのだろうが、俺としてはやっぱりいらないものはいらない。
……そうだな。
ちゃんとはっきりと意思を伝えておこう。
「言っておくが、それ以外のものは何も要らない──本当に、何も受け取らないからな。絶対にだ」
まあ、これだけ言っておけば大丈夫だろう。
きっと。
──大丈夫、だよな?
「──わかった。其方の望む通りにしよう。
だが、本当にそれだけで良いのか?
財貨などなら、当家の備蓄からある程度準備できるし、持っていても邪魔にはならんと思うが……」
「いや、いらない。
俺なんかに渡すものがあるなら、他のことに使ってくれ。
今は家をなくして困っている人もたくさんいるはずだ。
俺に何かくれるだけの余裕があるのなら全部、そっちに渡してくれ。
今、それ以外の何処に財貨が必要だと言うんだ?」
「──それも、そうだな。
はは、本当に、全くもってその通りだ」
てっきり気を悪くさせるかと思ったが、リーンのお父さんは可笑しそうに笑った。
本当によく笑う中年だ。
そうして、なんとかリーンのお父さんからの贈り物攻勢を乗り切り一安心、というところだったが──俺は少し焦っていた。
話しているうちに、俺はあることに気が付いてしまったのだ。
呑気にこんな会話をしている場合ではない。
「──悪い。
そういえば、行くところがあった。
リーン、ここで別れよう」
「先生、どこへ──?」
「またな──ロロをよろしく頼む」
俺は急いでその場を後にし、目的の場所へと走った。
◇◇◇
俺は屋根と壁が半分ぐらい壊れてボロボロになった冒険者ギルドの建物を訪れていた。
「……ん? おお! ノールじゃねえか。
お前さん、旅に出てたはずじゃねえのか?
いや、流石に帰ってきたのか──王都がこんな有様だしな」
建物の内部に入ると、半壊になったギルドのカウンターの中で、ギルドのおじさんがくたびれた顔をして忙しく働いていた。
「ああ、呑気に旅行などしている場合じゃなかったからな。
急いで引き返してきたんだ」
「そうか──まあ、依頼がキャンセル扱いになっても、たんまり貰える契約にしといてやったから、損はねえだろ。
それにしても随分泥だらけだが、どうかしたのか?」
「まあ、色々あってな──かなりの運動をした」
「そうか──?
まあ、こんな時だしな。
みんな似たり寄ったりだ。
俺もひでえ目にあったぜ──何度も死ぬかとおもった」
「ああ。俺も色々あり過ぎてヘトヘトだ」
「そうか……だが、ノール。
疲れてるとこ悪いんだがよ。
建築ギルドの親方がお前さんのことを血眼で探してたぜ?
人手が足りねえ、ノールは何処だってな。
瓦礫の撤去だとか、仮設の家を建てるんだとかで、これから死ぬほど忙しいらしい」
「ああ、わかってる。
きっとそうだと思ってここに来たんだ──すぐ行く。場所は?」
「地図をやる。持ってけ」
「ああ、助かる」
そうして、俺はすぐに今にも崩れ落ちそうなギルドを出て、黒い剣を肩に担ぎ、既に瓦礫の撤去工事が始まっているという現場へと向かった。
「しかし、流石に今日は疲れたな」
思わず、ため息が洩れる。
──我ながら、己の力を顧みず無鉄砲に走り回ったものだと思う。
今日は本当に周囲にいた人達に助けられたと思う。
危ない場面に遭遇しても、何とか、リーンやロロ、イネス……そして、なんとかバートや教官達の助けがあって乗り切る事ができた。
誰が欠けていても俺は命を落としていたように思う。
──彼らのおかげで、俺は生き延びる事ができたのだ。
思い返せば、今日は朝からとんでもなく忙しい一日だった。
馬車で旅に出たと思ったら、毒ガエルを相手に戦うことになり、ロロから話を聞いて引き返し……リーンに王都に向かって吹き飛ばされて竜にぶつかり、殺されそうになりながらも逃げ回り──その直後に死ぬほど大量の剣や盾を弾くことになった。
おまけにその後、俺が言い出したことではあるのだが、竜の背に乗って空を飛び、恐怖で気を失い──いつの間にか辿り着いていた皇国で、凶暴な十人の兵士が老人にこぞって襲いかかるのを止めた。
──これだけでも、かなり濃密な一日だ。
正直、疲れている。
そろそろ休んでしまいたいという気にもなる。
だが──
今、街全体がひどい有様だ。
やるべき仕事は、山ほどある。
まずは積み重なっている瓦礫を片付けなければならない。
もしかしたら、下敷きになって助けを求めている人もいるかもしれない。
そう思うと、休んでなどいられない。
瓦礫をきれいに掃除できたとして、まだまだ終わりではない。
沢山の家が壊されたため、同じだけの家を建てる必要があるが、あの大きな竜がとんでもない暴れ方をした為に、あちこちで地面が抉られてしまっている。
まずは土を平らに均し、地固めをする工事が必要だ。
幸い、さっきリーンが治療してくれたおかげで、体調は悪くない。
腹は減ったが、まだやれるだろう。
俺のような人間が本当に人の役に立てるとすれば、こういう単純な力仕事だ。
幸い、肩に担いでいる『黒い剣』も役に立ちそうだ。
この剣は俺が持っている限りは多くの魔物を倒したり、竜を退治したりといった人から注目を浴びるような派手な活躍は出来ないだろう──だが、人の役に立つ地味な活躍ぐらいは出来る筈だ。
今日一日、振り回していて思った。
こいつは見た目からしてボロボロで、殆ど斬れそうな刃が残っていない、見窄らしい剣だが──本当に丈夫でいい剣だ。
どんなに硬いモノを弾いても傷一つ増えないし、重いが、振ればその分、勢いが乗る。
それにどんなに強く叩きつけても決して曲がったりしない。
斬ることは出来ないが、叩く分には都合がいい。
──工事現場の『杭打ち』にはもってこいだろう。
「さあ、ここからが俺の本当の仕事だ」
俺はだんだんと手に馴染んできた黒い剣を肩に担ぎ──多くの人々が働いている瓦礫撤去の作業現場へと向かった。