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38 光の大盾

 私達はこの方角に逃げている筈だと言う皇帝を追って、魔竜の背中に乗って空を進み──すぐに国境を越えた。


 今、【厄災の魔竜】には【隠蔽強化】の魔導具を使って【隠聖】カルー先生の【隠蔽】が施されている。

 ここまで、三つほどの街と関所を通過したが、地上では誰も気がついた気配がない。

 おかげで、魔導皇国の領土を、誰に咎められることなく進んで行く事ができた。


 でも──


「逃げるとしたら、この方角しか有り得ないが──どうだ? 何か見つかったか?」


「いや、それらしき人物は【探知】に掛からん。そっちはどうだ、リンネブルグ様」


「いえ……私も先程から探していますが、見当たりません」


 私とカルー先生はそれぞれ、【探知】【鷹の目】【遠視】【透視】のスキルを駆使して周囲を捜索し続けている。

 でも、皇帝の姿は一向に見つからない。

 出発してから随分、進んできたように思うのに。


「【隠聖】とリーンの二人掛かりで何もないとなると──もう随分と先に行かれてしまったようだな。

 最悪──奴は皇都に既に辿り着いている可能性もある」


 私達の乗る竜が、大きな谷に差しかかり、その両岸に掛かる長い橋が見える。

 あれが、昔は王国と皇国を隔てる境界線だったと言う『鋼鉄の橋(アイアンブリッジ)』。

 あの橋を越えると、皇帝に追いつくことが更に難しくなるだろう。


 ──あの先には幾つもの厳しい要塞が築かれている。

 皇帝の棲まう本拠地──『皇都』はその先にある。

 そこまで逃げ込まれてしまえば、相手を捉えることは困難だ。


 皆そのことは承知している。

 まず、カルー先生が口を開いた。


「ならば、ここまで来ておいて何だが……引き返すことも考慮に入れなければならんだろう。

 ここから先は、本格的に皇国の支配地域だ。

 無数の要塞があって、桁違いの量の軍備も整っている。

 無闇に突っ込むわけにもいかん──どうする?」


「そうだな──」


「──ノール先生はどう思われますか…………先生……?」


 私はノール先生に意見を求めようと声を掛けたが、

 先生は地上には目も向けず、天を仰ぎずっと無言のままだ。

 目を瞑り、ずっと何かを考え込んでいる様子だった。

 先ほどからの私の問いかけにも、一切反応を示さない。


 ──いったい、何をお考えなのだろう。


 私が疑問に思いながら先生の背中を眺めていると、

 ふと、視界の奥に光るものを見つけた。


「あそこ──何か、います。凄い速度で移動しています」


 【遠視】で確認すると、金色の鎧を纏った馬が、途轍もない速さで地を駆けている。


「あれだ。

 ようやく見つけたな、奴が皇帝だ。

 だが、もうそろそろ皇都の防衛網に近いエリアだ。

 追うか、引き返すか──今すぐ判断する必要がある」


「──追うとすれば、あれら(・・・)をどうにかする必要があるということですね」


 皇帝が馬を走らせ、吸い込まれていった先──巨大な鋼鉄製の門が閉まった。

 目前には石と鉄を複合させた巨大な城壁が築かれ、その上部には戦場で見かけた、『黒い筒』状の魔導兵器が何門も並んでいる。


 そして、その先には幾つもの要塞が立ち並ぶ──皇国の誇る絶対防衛ライン『皇国の鎧』と呼ばれる鋼鉄で建造された威容の兵器が立ち並ぶ一帯がある。

 代々の魔導皇国の皇帝が隣接する王国の力を警戒する余り、五十年の長きに亘って築いた拒絶の壁。


 このまま彼を追うとすれば、私達は、この少人数であの死地に突っ込むことになる。


「ああ。

 だが、とてもではないが、俺にはあれを越えて無事に帰ることなど想像もつかん。

 行きはまだいい。

 だが、帰りはどうしても【隠蔽】の効果は薄くなる。

 完全に無事に帰ることは諦めたほうがいいだろう」


 カルー先生も、私と同じ懸念を抱いているようだった。


「カルーの言うことは理解している。

 だが、ここで奴を逃すとなると──大きな痛手だな」


 兄が苦い顔で言う通り──今ここで皇帝を逃せば、必ず、軍備を増強して次の報復に出てくる。

 今回、王国に攻め込んできた兵士たちは、殆どが貧民や農民、そして隣国から溢れた難民を徴用したものだった。

 皇国は素人同然の人間に、優れた武器と防具を持たせることで、あっという間に強力な兵を揃える事ができる。

 魔導皇国の強さは、そうした強力な魔道具を「造り続けられる」ことにある。

 優れた武器と防具は資源さえあれば、いくらでも量産可能。

 加えて領土の拡大を続けている皇国は、資源を豊富に蓄えている。


 何より恐ろしいのが、彼らは人間でさえ消費可能な「資源」としか見ていないこと。

 今や、あの国にその『資源』は沢山ある──

 皇帝自らが引き起こした戦乱で増えた貧民や難民に「富と名誉」を与えると言い含め、兵として駆り出す。

 そうすれば、簡単に()が揃えられるのだ。


 最早、戦争は始まっている。

 彼らは少しの時間さえあれば、戦力を増強できる。

 今回の軍備で大敗を喫した以上、次はより強大な兵装を揃えた上で、攻め込んで来る筈だ。


 今の彼らに、絶対に時間を与えてはいけない。


 もし、そうなれば──


「レイン様、リンネブルグ様──それでは、私に攻撃(・・)の許可を頂きたいのですが」


 不意に、イネスが私たちの前に歩み出た。

 そして彼女は攻撃(・・)の許可が欲しいと、そう言った。


 『攻撃』?


 一体、何を──?


 いや。そうだ──


 私は今の今まで忘れていた。

 彼女が何故──【六聖】の冠する【聖】の更に上(・・・)の称号を戴いているのかを──その『伝説』級とまで評価される人物の能力を。


 【神盾】イネス──


 彼女の本領は、護ることではない(・・・・・・・・)


 【神盾】と並び【神剣】の名も与えられているにも関わらず、彼女が敢えて普段『盾』を名乗るのは、その方が優れているという事ではない。

 むしろ、その逆──『剣』は強力過ぎて(・・・・・)ろくに使えない(・・・・)ということに起因する。


「このまま私たちが進む必要があるとすれば──

 ここは帰り道にもなりましょう。

 であれば、今のうちにあれらを殲滅(・・)しておくのが賢明かと」


 ──あの要塞群(・・・)を殲滅する。


 彼女はことも無げにそんなことを言う。

 確かに、彼女の言う通りだ。

 帰り道にもなるなら、脅威は排除しておいた方がいい。

 それが可能だと言うのなら。


 ──そして、彼女にはそれが出来る(・・・)

 出来てしまう。


 そう──私は、すっかり忘れていたのだ。

 あまりに長く、彼女と一緒に居たが為に。

 彼女があまりに従順に尽くしてくれるが為に。


 見落としていたのだ。

 ここに居る規格外はノール先生だけではないのだということを。


 途轍もない規格外(・・・)がもう一人、この目の前に居ることを。


「お兄様、イネスの提案ですが……よろしいですか?」

「ああ。やってくれ、イネス──思う存分、な」


「畏まりました」


 イネスは普段なら、こんなことは言いださない。

 相手を『攻撃させて欲しい』、などと。

 彼女は人を徒らに傷つけることは好まない。

 私は少し意外に思った。


 ──でも。

 考えてみれば、当然のことだ。


 今、苛立っているのは、この竜だけではないのだ。

 私も、兄も。

 そして、彼女もまた、怒っていたのだ──

 自身の生まれ育った街を、彼女が命をかけて守ると誓った国を、あんな風に滅茶苦茶に踏みにじられたことを。


 ──彼女はずっとずっと、静かに怒っていたのだ。


 イネスは静かに竜の背中の上を歩き出す。 


「……ロロ。

 すまないが、この竜に伝えてくれないか。

 今から出来るだけ低く(・・・・・・・)飛んでくれ、と。

 それと一人、少しの間、頭の上に乗るが──どうか気を悪くしないでくれ、と」


「──わ、わかった──言っておく──!」


 彼女はそのまま長い頸を淡々と伝い歩き、魔竜の頭上で立ち止まった。


「では──頼む」


 途端に竜が、急降下する。

 私は振り落とされないように竜の背中に必死にしがみついた。


 地面が迫る──

 気づいた時には、聳え立つ鋼鉄の要塞が目の前にあった。


 同時にイネスの華奢な腕が、大きく振るわれる──


「【神盾(ディバインシールド)】」


 イネスは【厄災の魔竜】の巨体を覆い隠せるほどの巨大な『光の盾』を生み出した。

 そして、その『盾』を水平に(・・・)拡げ──


 それを一気に、横に薙いだ(・・・・・)


 瞬間、一筋の光が水平に走り──要塞に備え付けられていた全ての黒い砲門が破裂した。


 同時に、威容を誇る鋼鉄の砦が水平に裂け、上下二つに分かたれた。


 イネスは続けざまに、二回、三回と巨大な『光の盾』を振り回し、その度に、目前の巨大な建造物が二つ、三つと割れていく──

 竜が地面スレスレを飛ぶ速度に合わせ、彼女は近づいたモノ全てを斬り刻んでいく。


 私たちはすぐに一つの防衛網を突破した。

 すると、次の要塞が迫ってくるのが見える。

 だが──


 ──再び、無数の眩い閃光が辺り一面に走る。


 頑強に聳え立つ要塞は、あっという間に賽子(さいころ)のように刻まれ──私たちの脇を瓦礫の破片となり流れ、崩れていく──。


 ──次々に、見るものを威圧するかのようだった建造物がただの金属の塊となり──大地にガラガラと崩れ落ちていく。


 目の前で、そんな光景がひたすら繰り返されていく。


「……凄い……」


 これが【神剣】イネス。


【六聖】全てをして「絶対に敵に回したくない」と言わしめた、クレイス王国最強の『盾』にして──最強の『剣』。


「これで──帰り道は確保出来たと思います」


 『皇国の鎧』を打ち砕き、振り返ってことも無げに言う彼女は息一つ切らしていない。

 ただ見ているだけだった私の心臓は激しく脈打っているというのに。


 でも、兄もカルー先生も、その光景に全く動じず、瓦礫がロロに当たらないように払い退けていた。

 彼らは、冷静そのもの──

 ノール先生に至っては、先ほどから目を瞑り天を仰いだまま──微動だにしていない。

 まるで、こうなることが全て分かっていたかのように。


 ──なんて、凄い人たちなのだろう。


 先ほどの轟音で、皇帝はこちらの存在に気がついたのだろう。

 馬を走らせる速度を更に速め、翔ぶような勢いで地面を駆けていく。

 とっくに【隠蔽】も解けている。

 魔道具で強化されたあの駿馬は、こちらの竜が飛ぶ速度よりもずっと疾い。

 このままでは彼が先に皇都へと辿り着くだろう。


 そうして準備を整え、私たちを迎え撃つのかもしれない。

 向かうのは、相手の本拠地。

 何が待ち受けているのかはわからない。


 でも──


「リーン。覚悟を決めてくれ。ここでの我々の働きが戦の趨勢を決める。このまま突っ込むぞ」


「──はい、もちろんです。

 彼らが誰に手を出したのか──思い知らせてやりましょう」


 このまま敵の本拠地『皇都』へ進んで行くというのに──

 不思議と、私の心に全く不安はなかった。


 全てを防ぐ『盾』と、皇国の防衛網を丸ごと切り刻む『剣』を併せ持つ【神盾】イネス。

 国内で王に次ぐ権力を持ちながら、自ら前線に立ち続け──おそらく父よりも思慮に長け、策謀を見抜く我が兄、レイン。

 (あまね)く気配を断ち、その存在に気が付いた時には全てが終わっていると言われる【盗賊(シーフ)】のマスター、【隠聖】カルー。

 死人すら蘇らせ、伝説に謳われる【厄災の魔竜】の巨体すら一瞬で癒す【癒聖】セイン。

 その伝説──【厄災の魔竜】をも手懐ける魔族の少年、ロロ。


 私の周りには彼らがいる。


 そして──


 【厄災の魔竜】とたった一人で対峙し、竜の『破滅の光(ブレス)』さえものともせず、万の兵を一瞬で無力化し──たった今の壮絶な光景に、ほんの僅かな動揺さえ見せなかった、ノール先生。


 彼は今も何事もないかのように静かに腕を組み、空を見上げている。

 私達の会話はきっと聞こえていたはずなのに。

 それを、どうとも思っていないということなのだろうか?


 ──いや、違う。

 先生は静かに聞いていたのだ。

 私達の『覚悟』を。


 先生ほどの強者となれば、皇国に単身乗り込んだとしても、簡単に生きて帰って来られる筈だ。

 事実、先生にとっては皇国の最先端兵器も玩具同然でしかなかった。

 皇国に乗り込む乗り込まないという問題は先生以外の人間──私達の話でしかない。


 そういえば、魔竜を使って皇国に乗り込むことを提案されたのも先生だった。

 なのに一瞬、先生は私達と一緒に行くことに躊躇していたように思う。

 今思えば先生はその時点で暗に覚悟を求めていたのだろう。


 そんな壮絶な戦いに、先生と比べてしまえばただの人間でしかない私達がついてこれるのか、と。

 先生は無言で覚悟を問いかけていたのだ。


 ──そう考えると、恥ずかしい。

 先生の最初の一言で、そこまでの意味を読み取れなかった自身の思慮の浅さが。


 時々、思うことがある。

 先生は未だ、実力の片鱗すら見せていないのでは、と。

 実際、この人はまともに自分から攻撃をする素振りすら見せたことがない。

 今までのことも、身に降りかかった露を払う──その程度のことだと思っているのかもしれない。


 本当に、この人は底が見えない──

 戦いでの強さも、思慮の深さも。


 そんな人が私達の側にいるのだ。

 それだけで、負ける気はしない。


 ──そう、何の心配もする必要など無いのだ。


 私は今、考えうる限りの『最強』に囲まれているのだから。

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― 新着の感想 ―
>>私は今、考えうる限りの『最強』に囲まれているのだから。 俺の考えた最強パーティー!(厨二)
[気になる点] こんなことができるだけならキミがカエルを倒せばよかったのに。
[良い点] 違いますよおおwwwwwwww 先生、いっぱいいっぱい(¯―¯)ですwwww
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