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37 追撃の魔竜

約三話分の内容を詰め込んでしまいました。長いです。

「大丈夫ですか?」

「──ああ、おかげで随分良くなった。助かった」


 戦闘が終わるのを見届け、俺が疲労困憊で倒れそうだったところにリーンとイネス、ロロが駆けつけてくれた。


 リーンは俺の状態を見るとすぐに何かの回復魔法を使ってくれ、おかげで、かなり体力が回復した。

 どんな魔法だったのかは、わからなかったが、もう体を動かせるまでに回復している。


 ──やはりこの子は凄いな。

 何でも出来てしまう。


 身体の調子が良くなった俺は、座り込んでいた地面から立ち上がり、黒い剣を拾った。


「先生……? 本当に大丈夫なのですか? もう少し、休まれては……?」

「もう十分だ。動けるようになった」


 出来ればここで腹拵えもしたいところだが……こんな状況だ。

 贅沢は言えないだろう。


 周囲では慌ただしく兵士たちが動いている。

 白いローブの集団が鎧を着込んだ集団と一緒に、石の監獄へと出入りし収監した皇国の兵士たちを順々に連れ出し、怪我を治療したり、話を聞いたりしている。


「どうじゃ、シグ? 何か耳寄りな情報はあったかのう?」


 近くで、話し声が聞こえる。

 見れば、【魔術師】の教官と【剣士】の教官だった。


「ああ。指揮官が口を割った。ここに居る兵で全てだそうだ。王都内部はカルーが捜索して、もう潜伏している脅威はないという報告が入っている」

「ならば、荒事はひとまずこれで収束、というところかの。ホッホウ!」


 【魔術師】の教官はそう言いながら、人差し指で長いヒゲをくるくると弄っている。


「だが、皇帝の姿がなかった。逃げたらしい」

「──皇帝? 何の話じゃそれは? 皇国の? ……まさか、あの陰険ジジイがこの場に来ておったのか?」

「ああ、複数の捕虜が口を揃えて言う。間違いはないだろう。金色の鎧を着た男だ」

「何と物好きな……阿呆なんじゃないかのう? よほど軍備に自信があったのじゃろうが……『賢帝』などと国民に呼ばせている割には思慮が足らんわい。ホッホウ!」


「金色の鎧──? まさか」


 もしかして、あの金ピカ鎧の老人のことだろうか?

 二人は思わず声が出た俺の方へと振り向いた。


「お主、心当たりがあるのかの?」

「ああ。金色の鎧を着た妙な老人なら会った。

 乗っていた馬も同じような金ピカの鎧を着けていたし、目立っていたな」


 【魔術師】の教官は何かを考え込むように首を傾げた。


「金ピカ? もしや、『王類金属(オリハルコン)』製の馬具かのう……?

 なるほどのう。

 あれは見た目こそ趣味は悪いが、なかなか幅広い用途を持たせられる優秀な装備じゃからのう。

 指揮官の馬に与える装備となると『付与(エンチャント)』は【筋力強化】と【風除け】、あとは【矢返し】ぐらいかのう?

 だとしたら、もうかなり遠くまで逃げておるはずじゃの。どうしたもんかのう?」


「国境まで逃げられたら、もう追うことはできん。奴を逃せば、体勢を整えて再度侵攻して来る」


「そうじゃのう……。

 皇国内に入れば軍備の整った関所が何箇所もあるし、大きな谷に架かる橋もあるしのう。

 あれは、皇国の人間じゃないと通してくれんからのう」


「では諦めるか」


「そう簡単に諦めるもんじゃないわい。

 あのクソジジイを追い詰められる千載一遇のチャンスじゃ。

 ──とは言え、もう国境は超えとるかもしれんのう。そうなったら、空でも飛ばん限りは、のう……」


 空、か。


「案がないなら仕方ない。追うのは諦め、次の攻撃に対する防衛策を──」

「それなら、何とかなるかもしれないぞ」


 ふと一つ、案が浮かんだ俺は二人の話に口を挟んだ。


「お主──今、何と?」

「その空を飛ぶという話なら、何とかなるかもしれない、と言ったんだが」


「──ホッホウ! 面白いことを言う男じゃの?

 そう言えば、誰じゃお主? はて……?

 どっかで見たような顔じゃが……まあ良い。

 どうやって空など飛ぶというのじゃ?

 まあ、ワシなら【浮遊(フロート)】で飛べるがのう?

 流石に、ワシ一人で行って彼奴をとっ捕まえて来るなんてことはできんぞ?」


「いや、多分、何人でも飛んでいけるはずだ」


「何人も? そんな便利な方法があるのかのう? 速さはどんなもんじゃ? 追いつけなれば意味がないからのう?」


「それも大丈夫だと思う。結構、飛ぶのは速かったと思う。まあ、もし、まだあいつが生きていればの話だが」


「あいつ? 誰じゃ、それは?」


 誰──か。

 まあ、あれは人間ではないし、ちゃんと言うことを聞いてくれるかどうか、その辺りの保証もないが──


 俺はすぐ側にいた、ロロの顔をじっと見つめた。


「……えっ……なに……? ……ボク……?」

「多分、大丈夫だと思う……この子がいれば何とかなる」


「……えっ……??」


「……ホッホウ? では、聞かせてくれんかの? お主のその妙案とやらを」




 ◇◇◇




 他の仕事があるという【剣士】の教官と別れ、俺たちがあの『赤い光』を受けて竜が落ちていった場所に向かうと、そこには全身が黒焦げになった巨竜が倒れていた。

 ピクリとも動かず、既に死んでしまったものかと思ったが、耳を当てると心臓はまだ動いているようだった。


 まだ、生きている。

 急いで治療をしてやれば、助かるかもしれない。

 そんなわけで、【魔術師】の教官が急いで【僧侶】の教官を連れてきて、早速治療が始まった。


「私は長年、いろんな人や動物を癒してきましたが、『竜』を癒すというのは初めてですね」


 【僧侶】の教官はそう言って、竜の炭のように真っ黒になった鱗に手を当てると、静かに何かを念じ始めた。


 すると──

 見る見るうちに、黒く焼け爛れていた鱗が新たに生まれ、ヒビ割れていた爪と牙も再生し、竜に生気が戻っていった。


 とんでもない力だ。

 あっという間に、あの死に体だった竜の身体が復活してしまった。


「すごいな……しかし、この巨体を一人だけで治すのは大変ではないか?」


 俺は少し心配になって声をかけた。

 リーンから聞いたのだが、回復魔法は結構体力を使うものだという。

 実際、俺に魔法を掛けてくれた後、少し疲れたようにしていた。

 魔法だって、なんでも出来るわけじゃないのだ。


「セイン先生。やはり、私も手伝いましょうか?」


「これぐらい、なんでもありませんよ。私はこれが専門ですからね。

 それに、リーン。貴方、少し無理をしましたね?

 奥義の【蘇生(リザレクション)】はむやみに使うと命を縮めると言ってあったでしょう?

 今は、それ以上力を使ってはいけません。休んでいなさい」


「はい──わかりました」


 もしかして、俺のせいで彼女に何か無理をさせてしまったのだろうか。

 すまないことをした──。

 なんでも出来ると思って、頼りすぎたのかもしれない。


「それにしても──」


 僧侶の教官は竜の身体に手を当てながら、顔だけ振り向くと──

 笑いながらこう言った。


「本当に大きくなりましたね──ノール。見違えましたよ」


「なに? この男が……ノール、じゃと?」

「ああ、本当に久々だな。そっちは二人とも全く変わらないな」


 どうやら、僧侶の教官は俺のことを覚えていてくれたらしい。


「ふふ、すぐにわかりましたよ。顔つきと雰囲気は昔のままですね。

 瀕死の【厄災の魔竜】を復活させるなど──どこの誰の提案かと驚きましたが、貴方だったのですね。

 オーケンの頼みだったら問答無用で断っていたところでしたが……貴方の頼みとあれば、助力は惜しみません」


「セイン……それはないじゃろ……?」

「ああ、助かる」


 僧侶の教官は俺の記憶の中にある、昔とまったく同じ優しげな笑みを浮かべている。


「ホッホウ……しかし、お前さんがあのノールかい。大きくなったのう。

 ワシャあ、全然気づかなんだわい! ホッホウ!

 時の経つのは早いもんじゃのう。あれから10年ぐらいは経ったかの?」


 魔術師の教官も俺のことを思い出してくれたようだ。

 もしかしたら、忘れられているかもしれないと思っていたが……思わず嬉しくなってしまう。


「ああ。15年ぶりだ。

 教官、またあんたに会えるとは思っていなかった。まだ、生きていたんだな!」


「ホッホウ……? お主、さりげなく酷いことを言うのう?

 ワシャあ、あと100年は余裕で元気でいるつもりじゃぞ?

 お前さんより長生きしてやるつもりじゃわい! ホッホッホウ!」


「はは、冗談も相変わらずだな! だが、元気そうで何よりだ」


「いやいや……冗談じゃないからの? ワシはいつでも本気じゃわい! ホッホウ!」


 老人は自慢の顎ひげを揉みながら、楽しそうに笑う。

 この表情も、俺がよく知っている表情だった。

 本当に懐かしい。


「しかし、これが噂の【厄災の魔竜】か……凄い迫力じゃのう。

 あの『伝説』をこんなに間近で眺められるとは、長生きはするもんじゃわい。

 じゃが……本当に大丈夫なのか?

 またこの巨体が暴れ出したりしたら、ワシは止める自信はあんまりないぞ?」


 魔術師の教官は、渋い表情で竜の巨体を見上げている。

 この竜が暴れたら、もちろん俺にだって止める自信はない。

 まあ、とはいえ、今ここには俺などとは比べ物にならない強者も沢山居るはずだし、さほど心配はしていないのだが。


 それに何より──彼がいるのだ。


「心配しなくてもいい。ロロがいるからな」


「……ロロ……?」


 俺がロロに目を向けると、教官もつられて目を向けた。

 だが、その視線を受けるとロロはビクリと肩を震わせた。


「ホウ……あの子は、魔族の少年かのう……?」

「そうだ。よく分かったな」


「ホッホウ……まあ、それなりに長く生きてるからのう……それで、できるかのう? ロロとやら」


「……ぜ、全然、自信はないけど……やってみる……!」


「……ホ……ホッホウ……? じ、自信がないとな……?」


 魔術師の教官は青い顔をしながら俺の顔を見た。

 心配になるのはわかるが、何もそんな顔をしなくても……。


「大丈夫だ、教官。こう見えても、ロロは──」


 突然、大地の底から地響きが起こった。


 ──地震。

 最初はそう思った。


 だが、違う。

 これは竜の唸り声だ。

 地の底から響くような、低い声。


「気をつけてください──そろそろ、竜の意識が戻りそうです」


「もうか? 凄いな……では、ロロ。頼む」


 ロロの『力』のことを話そうと思ったが、まあいい。

 俺が自分で説明するより見てもらった方がずっと早い。

 自分の目で見てもらえば、納得してもらえるだろう。


「──う、うん──!」


 直後、竜が起き上がる。

 巨大な頸を持ち上げ、四肢を大地に打ち込むと、その場に立っていられないぐらいの大きな揺れが起きる。

 そして、顎を天に向け──咆哮した。

 爆発のように響く、怒気を感じさせる慟哭。


 全身の肌がビリビリと震える。

 同時に大地が揺れ、空が鳴いた。


「やはり、大きい、な」


 地面に横たわっていた時もとてつもない大きさと感じたが、立ち上がると更に大きく感じる。


 竜はぐるりと長大な頸を回転させ、俺たちの方に向き直る。

 その水晶のように輝く巨大な眼球は、足元にいる存在を見つけたようだった。


 あの竜に、見られている。

 ──それだけで、身震いが起こる。

 巨大な生き物は恐ろしい。本能的な恐怖だ。


 だが──


 ロロはその巨大な竜を前にして、平静だった。


「……良かった。

 ちゃんと言うこと、聞いてくれそうだよ……!」


 当たり前のように言う目の前の少年に、俺は思わず仰け反った。


「……そ、そうか……凄いな……」

「ホッホウ……本当に凄いのう、これは……なんというか……まじすごいのう……」


 【魔術師】の教官も、言葉が出ないようだった。


 まあ、俺はこうなるのは知ってはいたが。

 別に、まったく心配などしてはいなかったが。


 ──この光景は何度見ても凄い。


 あの巨大な竜が小柄な少年、ロロを前にして大人しく従い、静かに座っている。


 竜は身を屈めながら、低く唸った。

 先程の雄叫びと似た声色。

 その声の意味は何となく、俺にも分かった。


「……そうか、怒っているのだな。自分を傷つけた人間に──」


 俺は山暮らしが長いせいか、動物の機嫌は多少わかるつもりだ。

 これは、彼らが何かに静かに怒っている声色──

 自分の大事な何かを傷つけられ、それを取り返そうとしている時の感じだ。


「……うん……そうみたい……あ。あと、お礼も言ってる。治してくれて、ありがとう、って……」

「そうか」


 確かに、地響きのような声色の中に、目の前の俺たちに対する思いやりのようなものが感じられる。

 この竜、実は案外、凶暴でもないのかもしれないな。


「なんと、そこまで分かるのか……? すごいのう、すごいのう……!! のう、ロロとやら……今度通訳してくれんかのう? いろんな研究が捗りそうじゃて」

「オーケン、順序が違いますよ。まずは、どういたしまして、ですね」


 竜に向かって子供のように目を輝かせる老人と、静かに笑って手を振る【僧侶】の教官。

 対照的な二人だ。


 不意に、ロロが何か伝えるように手を広げる。

 すると竜がまた喉を鳴らした。


「……や、やっぱり、この子、仕返しをしたい……みたい。それを自分に命令して欲しいって……」


「な、なんと……命令しろとな……? 魔竜をそこまで手懐けておるのか……!? そ、そりゃあ、すごいのう……! まじ……すごいのう……!!」


「ああ、そうだ。ロロは凄いんだ」

「……ち、違う……! ……ボクじゃなくって、この竜はノールのことを──!」


 必死に否定しようとするロロだったが、俺は彼の頭に手をやり、強引にその言葉を遮った。

 この子は、本来、そんな風に自分を隠したりする必要はないのだ。

 少し、やるせなく感じる。

 ──いつか、自分で自分の力をちゃんと認められる時が来るといいのだが。


「では──すぐにあの老人を追う者は乗るといい。急いだ方がいいのだろう?」

「せ、先生……? 乗るとはまさか、この竜に?」

「ああ、乗る場所は幾らでもあるだろう」


 リーンは驚いた顔をしているが、魔術師の教官は楽しそうだ。


「ホッホウ……豪快じゃのう! いいのう! ワシも一緒に行きたいのう!」

「ダメですよ、オーケン。貴方は石の檻の管理がありますからね。一緒には行けませんよ」

「わかっとるわい……言ってみただけじゃ」


「……やっぱり……ボ、ボクも行かなきゃ、ダメ……だよね……?」

「……そういえば、そうだな……」


 しまった……そこまで考えていなかった。

 ロロが行かなければ、誰も竜と話をすることができない。

 でも、こんな子供を危険な目に遭わせるわけにはいかないだろう。

 どうしたものか……?

 俺が考え込んでいると、イネスが前に出た。


「リンネブルグ様、随行の許可をいただけますか。私がこの子……ロロの護衛をしたいと思います」

「はい、無論です──どのみち、私も行くつもりでした。

 先生も、もちろん行かれるのでしょうから」


「……うん……? ……俺も……行く……?」


 ……ちょっと、待ってほしい。

 俺は空を飛ぶ手段を教えようと思っていただけで、自分が行くつもりはなかったのだが……?

 いや、行こうと思えば行ける。

 そもそも、言い出したのは俺なのだし、一緒に行った方がいいというのは、なんとなくわかる。


 ──だが、一つ大きな問題がある。


 俺は高いところがとても苦手なのだ。

 全くダメというわけではないが、かなり苦手だ。

 高い崖の上にたつと、身が縮こまり、何もできなくなる。

 下さえ見なければ、なんとか動けるのだが……。

 正直、あまり高いところに行くのはやめておきたい。


 でも、巻き込んでしまったロロを行かせて、言い出した本人が行かないと言うのは、おかしい気がする。


 ──行くしかない、のか……?


「……や、やはり……お、俺も行った方が、いい……のか……?」

「何を言っとる? 当然じゃろう? お主が言い出したことじゃしのう?」

「……そ、そうだな……」


 ロロはずっと不安げな表情で俺を見上げている。

 ……仕方ない。


「俺も行こう。ロロも、それでいいか?」

「……わ、わかった……!」

「すまないな、巻き込んでしまって」

「……う、うん、でも……頑張る……!」


 本当に、ロロは健気でいい奴だ。

 俺が勝手なことを言い出して、危険なことに巻き込まれてしまったというのに……。


 だが、リーンとイネスが来てくれるというのなら、恐らく彼も大丈夫だろう。

 あの老人を追いかけて捕まえれば済む話だそうだし、それまで守ってやるしかない。

 もし、あの妙な光が飛んできたとしても、俺の黒い剣で弾けるしな。


「私も一緒に行きますよ。

 患者(・・)の面倒は最後まで見たいですし……『話し合い』は私達の得意分野ですからね? ねえ、カルー?」


「……お前と一緒にするな。俺は悪戯に相手を恐怖させたりはしない」


 不意に、黒い装束に身を包んだ男が現れた。

 今まで、ずっとそこにいたのだろうか。

 まるで気がつかなかった。

 顔の大部分を黒い仮面で覆ってはいるが、俺はその姿に見覚えがある。

 それは、俺が訓練を受けた時に指導してくれた【盗賊】の教官だった。


「久々だな、ノール。俺も連れて行け。

 奴らの【隠蔽強化】の魔導具を貰ってきた。

 こんな大きなものを飛ばすというなら、【隠蔽】は必要だろう。

 そこのリーンも【隠蔽】は使えるが、この巨体だ。

 万全を期した方がいい」


「ああ、助かる」

「カルー先生……お願いします」


「ホッホウ……イネスにカルー、そしてお嬢か……これなら少数精鋭でも心配なさそうじゃのう?

 では時間もないことじゃし、早速出発を──」


「──待ってくれ」


 俺たちが竜の背中に乗り込もうとすると、後ろから聞き覚えのある声がした。


「私も、一緒に乗せてくれ。交渉役も必要だろう」

 

「──お兄様?」


「リーン、無事だった様だな」


 そこには、リーンのお兄さんがいた。

 そして、そのすぐ後ろには──


「お父様も、ご無事で──!」

「ああ、心配かけたようだな。お前も無事で何よりだ」


 リーンがお父さんとの再会を喜んでいる間、リーンのお兄さんは真っ直ぐにイネスに向かって歩いて行った。


「イネス」

「──は。命令違反の処罰はどのようにも」


「いや、愚かな命令を出したのは私の方だ。

 すまなかった──イネス。

 よく、戻ってきてくれた。

 ノール殿も──本当に助かった」


「ああ、呑気に旅行などしている場合じゃなかったからな。

 すぐに戻ってきて正解だった。

 ──だが、まだ終わっていないのだろう?

 行くなら、急いだ方がいい」


「──ああ、そうだな。では父上。行ってまいります」


「ああ。頼んだぞ、レイン。

 戦時の判断や交渉はお前に一任しよう。

 今や、お前の方が我が国の状況を把握している。

 結果はあとで知らせてくれればいい」


「はい」


 そうして、竜の背中に全員が乗り込んだ。


「……いいよ……飛んで。行こう──」


 ロロの静かな言葉に反応する様に、竜が大きく羽ばたいた。

 それだけで、辺り一帯に嵐のような暴風が吹き荒れる。


 強風に吹き飛ばされた瓦礫や土埃が舞う中、リーンのお父さんが竜の背中に乗った俺を呼び止めた。


「──ノール」


「何だ?」


 リーンのお父さんは真っ直ぐに俺の目を見つめ──傷と皺の刻まれた顔に、柔らかな笑みを浮かべた。


「頼ってばかりですまないが──二人を、よろしく頼む」


「──? ああ、心配するな。ちゃんと帰ってくる」


 そうして、竜が再び大きく羽ばたくと──


 衝撃と共に巨体が持ち上がり、俺たちは空へと舞った。







 ◇◇◇







「──行ったな」

「──ああ」



 巨大な竜が飛び去った後、屹立する岩の壁の陰から一人の人物が顔を出した。

 その脇には、常人の三倍はあろうかという巨躯の人物が佇んでいる。


 【剣聖】シグと【盾聖】ダンダルグと呼ばれる二人は、次第に小さくなる空の中の影を見つめながら静かに並んで立っていた。

 しばらく無言で空を眺めた後、重厚な鎧を身にまとった巨躯の男が口を開く。


「なあ、シグ。

 本当に良かったのか?

 あいつ……ノールに声をかけてやらなくて」


「別にいい。

 あの少年が無事に生きていたことが分かった。

 ……それだけで十分だ」


「でもお前、あいつを探してたんだろう?

 あいつが居なくなったのは自分の責任だって、ずっと言ってたじゃねえか」


「それはお前も同じことだろう」


「そりゃあ、まあ、あの時は全員同じように責任は感じてたがよ……。

 流石に、お前が仕事を全部放り出して「あの少年を探す旅に出る」って荷物まとめだしたときは焦ったぞ? ……そんな奴に、やっと会えたんじゃねえのか」


「……もういい。その用事は、もう済んだ」

「済んだ?」


「元より、俺達の出る幕など無かったと言う話だ。

 我々が、あの素質ある(・・・・)少年を引き取って育てようなどと──とんでもない思い上がりだった。

 あの少年がまさか、あそこまでの人物になっていようとは」


 二人は辺り一面に散らばる剣と盾、そして敵の主力であったであろう魔導兵器の残骸を眺めた。

 あれを、たった一人の人物が一瞬で万を超える兵の中に飛び込み、叩き落としたなどと、とても信じられなかった。


「……そうだな。

 あいつの前じゃ、俺ら【六聖】も形無しだ──

 オーケンの爺さんが言ってた通り、ほっといても勝手に育っちまったな。

 それもあんなに強く──あれじゃあ、まるで御伽噺の英雄様だ。

 本当に、笑っちまうぜ」


 ダンダルグはそう言って肩をすくめ、巨大な体を愉快そうに揺らした。


「──ダンダルグ。

 王都が復興を終えたら……手を貸してくれ。

 俺はこれから、一から鍛え直す。

 でなければ、追いつけん」


 腰の剣に手を当てながら静かに言葉を発する男の顔は、真剣そのものだった。


「おいおい。まさか、その歳で挑戦者のつもりか?

 構わねえが……俺らももう、いい歳なんだし、もうちょっと落ち着いたらどうだ?」


「剣の道に終わりはない──

 己の未熟さを思い知らされたからには、呑気に剣を錆びさせている場合ではない。

 これから、死ぬ気で励まねば──何処までもあの男に置いていかれる」


「……そこまでなのか? 俺は直接見ちゃあいないが……」


「ああ。

 俺は今、自身の怠慢を心底恥じている。

 他人に何かを教えられるつもりになっている場合では無かった、とな」


 そう言いながら、【剣聖】シグは剣の鞘を指先でトン、トンと撫でている。

 この動作は、この男がとても機嫌の良い時にする仕草だと付き合いの長いダンダルグは知っている。


「その割には随分と──嬉しそうじゃねえか」


 その指摘に、あまり笑わない男が口の端を大きく吊り上げる。


「──当然だ。あんなものを見せられてはな」


 その非常に珍しい笑顔につられて、巨躯の男も破顔した。


「──まあ、そうだよなあ。

 あんなもんを見せられちゃ、誰だって、なあ」


 二人は肩を並べながら、彼方へと消え去る【厄災の魔竜】を眺め──

 その姿が消えるまでじっとその場に立ち、見送っていた。

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